新刊『365日でわかる世界史 世界200カ国の歴史を「読む事典」』(清談社・4月12日発売)は、さまざまな分野でのベスト100にチャレンジしてみたことで、すでに建築と音楽について書いたが、今度は美術である。これは実に画期的な試みなのだ。
いろいろ調べたが、これまで、西洋名画百選とかはあったが、すべての領域で全世界というのは、みつからなかった。もしかすると世界初かもしれない。そして、なぜそれが難しいのかも今回、作業をしてみてよく分かった。
人類は住宅をつくったり道具を使ったりする。それそのものが巧まずして美的感動をあたえることもあるし、作る人が実用を超えた美的要素を加えることもある。さらに、実用には役に立たないが宗教的な祈りを込めて絵を描いたり、究極的には芸術として鑑賞してもらうことを目的にものをつくってきた。
美術館などでわれわれが見る美術品は上記のようなものの集大成である。だから、アーティストの作品だけが対象ではない。朝鮮から渡ってきた国宝「井戸茶碗 銘喜左衛門」(孤篷庵)は松平不昧公らに愛され珍重されたが、作り手は実用的な日用品を焼いただけで美術的意図はなかったはずだし、朝鮮では評価されず、千利休など日本の茶人がその美を見出した。
ここで世界史上の美術品ベスト100を選ぶと言ったときに、どこまでを美術品とみるか難しいところだ。また、模造品をどう扱うかも難問だ。近代西洋美術ではオリジナリティが大事にされるが、古代ギリシャ・ローマの彫刻などほとんどが模造品だ。中国の名画や墨跡も現物はほとんどなく、我々が目にするのは普通は模写である。
さらに、美術全集や美術史の本を見ても、西洋絵画など以外については、掲載されているものも、たまたま図版が手に入っただけものが多く、それがその分野の最高の名品かどうかの検証をしていないことが多い。中国絵画ですら、10大名品とかいっても北京や台北の故宮にあるもののなかでという域を超えていなかったりする。
いずれにしても、ルネサンス以降で1970年くらいまでの西洋美術には常識的な選び方でいい。レオナルド・ダ・ビンチ、ミケランジェロ、ピカソという例外以外はアーティスト1作品ずつを選んでいる。(ただし、時代によって評価は変わっていくもので、日本の美術館の西洋名画でも大枚はたいて買ったが、現在は倉庫にあるものも多い)
ただ、工芸品や服飾品、宝石となるととくに現代の名品をどう扱うかは難しい。シャネルの代表作やケリー・バッグもエルメスのスカーフの人気商品も美術史上の傑作だ。大量生産品の扱いも問題だ。フォルクスワーゲンのカブトムシは間違いなく人類史上の宝だ。しかし、それをベスト100に取り上げるのは抵抗がある。
イスラム美術や中国美術
イスラムの美術は偶像崇拝の禁止から幾何学模様や植物などが主になり、建築の一部を成すので美術品として取り上げにくい。美術館でも建物の一部であるタイルが展示されていたりする。ペルシャ絨毯の素晴らしさはいうまでもないが、これも、よく似たデザインで現在に至るまで生産されているので、美術品としてとらえにくい。
そうしたなかでルーブル美術館におけるイスラム美術の最高の名品とされるのが「聖ルイ王の洗礼盤」(14世紀シリア)でフランス王家の洗礼盤として使用されていた。陶器では16世紀にオスマン帝国で焼かれた「孔雀の大皿」、細密画では、17世紀にウズベキスタンのブハラで製作された「読書する人」という豪華書籍の一部などが目玉だとされている。
イスラムの画家としては1500年前後にアフガニスタンのヘラートでティムール朝に仕えのちにダブリーズのサファビー朝に移ったビフザードという画家が最高とされ「果樹園」(カイロ書籍機構)などの作品がある。
モスクの内部はタイルで飾られているが、建築100選でも挙げたイスファファン(イランのサファビー朝の首都)のイマーム・モスクやイスタンブールのブルー・モスク、シャーチェラーグ廟(イランのシラーズ)、グリーンモスク(トルコのブルサ)、レギスタン広場(ウズベキスタンのサマルカンド)などの内部の美しさは知られている。
中国美術の独自分野は墨跡である。そのなかでも王羲之のものは真筆は残っていないが(あるとすれば唐太宗の墓に収められて未発掘の「蘭亭序」だ)、長く真筆と信じられ乾隆帝が愛した「快雪時晴帖」は私が見た美術品でももっとも感動したもののひとつ。顔真卿「祭姪文稿」や懐素「自叙帖」も名品として名高い。
絵画としては、たとえば、中国では「洛神賦図」(東晋の顧愷之作品の模写)、「清明上河図」(下記)、「富春山居図」(元朝の黄公望、台北)、「漢宮春暁図画家」(明の仇英、台北)、「百駿図」(ジュゼッペ・カスティリオーネ)、「歩辇図」(唐の閻立本)、「唐宮仕女図」(張萱による「虢国夫人游春図」)「五牛図」(唐の韓滉)、「韓熙載夜宴図」 (南唐の韓熙載顧。模本)、「千里江山図」(北宋の王希孟)をもってベスト10という説もあって北京なるものに偏っているが、それなりにもっとも(所蔵は台北と書いていないのは北京故宮博物院)。一般に故宮のお宝のほとんどは台北にあるのだが、絵画は北京にあるものも多い。というのは、宣統帝溥儀が手元に置いていたということもあるらしい。
しかし、ここでも難しいのは模作の扱いだ。絵画では最も人気があるのが北宋の都だった汴京(開封)を張択端が描いた清明上河図で原作は北京の故宮博物院にあるが、世界に多くの模写や独自に発展させた名品があり、作品の出来としては台北の清代のものが良いとされ、「京都府立陶板名画の庭」に忠実に復元された陶板画を見ることができる。なお、中国画は模作かどうかも不明なことが多く、たとえば北宋皇帝の徽宗の作品も真作はないと言われている。
日本美術では、「百済観音」(半島からの渡来品出なく国産であることが確定しているので念のため)「興福寺の阿修羅像」「十一面観音像」「洛中洛外図屏風」「松林図屏風」「燕子花図」「富嶽三十六景」「色絵藤花茶壺」を採ってある。
韓国の美術品は、選んでいない。先に紹介した井戸茶碗のような雑器だけでなく白磁・青磁など韓国人自身が日本人ほどには評価せず、中国や欧米で評価されているわけでもないからだ。佗茶や柳宗悦らの民芸運動のなかで、朝鮮の伝統文化の素朴さが評価されたのである。
現代美術の評価について
現代の名作の評価については、建築のように比較的確立しているものと、クラシック音楽のようにまったくそうなっていないものもある。アートの場合はその中間だろう。1980年代当たり以降についてそれなりの評価はあるが、百選に入れるものは何かとか言うとまだむずかしいところだ。
第二次世界大戦期には、画家たちがアメリカに移り、ここで「抽象表現主義」が花開いた。そのなかで、作品だけでなく描く行為もふくめて芸術と見ようというアクション・ペインティングが注目され、ジャクソン・ポロック、ヴィレム・デ・クーニングなどがいる。
ポスター、漫画、写真などを取り入れたポップ・アートも1950年代にイギリスで生まれ広まったが、その代表がマリリン・モンローの写真を使った『黄金のマリリン』などのアンディ・ウォーフォールだ。太地をキャンパスとして表現するランド・アートも盛んになったが、ブルガリア出身のクリスとは、記念碑的な建築などを布で覆うパフォーマンスで有名だ。
近年の人気アーティストとしては、金属製のウサギである「ラビット」などが代表作でキッチュなイメージを巧みに使った絵画・彫刻作品で知られ、イタリアのポルノ女優チッチョリーナと結婚していたことでも知られるジェフ・クーンズがいる。
ベルサイユ宮殿の中庭で開かれたクーンズの回顧展は賛否両論だったが、アニメの世界に触発されたポップな世界を演出している村上隆の同じ場所での展覧会もスキャンダラスだった。しばしば話題になると言えば、壁面の落書きで知られるバンクシー(正体不明)もいる。
また、最初に書いたこととも関係するが、パリにケ・ブランリ美術館が2006年に開館し、アフリカ、アジア、オセアニア、南北アメリカを対象にしているが、こうした民芸品をどう扱うか、評価は確立していないということであろう。