ウィーンに本部を置く国際原子力機関(IAEA)公式サイトに、「IAEAは新型コロナ(covid-19)危機の時、原子力発電所関連施設の操業支援を強化する」という見出しのスタッフ記事が掲載されていた。世界で操業中の442カ所の原子力発電所で勤務する従業員に新型コロナ感染者が出た場合、原発操業をどのように維持し、その安全性、メンテナンスをキープするかだ。
「第2次世界大戦後、最大の人類の危機」(グテーレス国連事務総長)といわれる新型コロナ危機に対して、IAEAは世界の原発に張り巡らせてきたネットワークを駆使し、原発内の従業員に感染者が出た場合、ハード面とソフト面の両面からアドバイスを提示、関係国の対策を支援している。具体的には、運用経験(IRS)の国際報告システムや新設した「covid-19運用経験ネットワーク」を通じて世界の原発施設関係者に情報を提供している。
チェルノブイリ原発事故(1986年4月26日)では、欧州全土に大量の放射性物質を流出し、福島第一原発の場合(2011年3月11日)は大震災、それに伴って発生した想定を超えた大津波で多くの被害をもたらした。2020年の「新型コロナ」の場合、不可視の新型コロナウイルスが原発の安全操業を担当する従業員を感染させ、操業を危機にすることが考えられる。
新型コロナ対策として、ソーシャル・コンタクトの制限、手洗い、相手との適切な距離を取ることなどが叫ばれているが、原発内で勤務する従業員に対しては、そのほか定期的医療チェック、従業員用防御服の完備、作業エリアの殺菌などが欠かせられないという。
中国湖北省武漢市で発生した新型コロナは今日、欧米各国で多くの感染者を出している。感染者数は12日現在、184万人を超え、死者数は約11万人だ。感染の勢いは治まっていない。
手を洗い、距離を取り、社会的接触を制限し、外出自粛などを忍耐強く続けなければならない。日本では新型コロナ感染防止のため「3密」(密閉、密集、密接)を避けろといわれている。問題は新型コロナが不可視な存在であり、無接触でも感染することが明らかになっていることだ。それだけではない。感染者の中には無症状の人が少なくないことだ。
最も恐れられているのは感染者集団の発生だ。クラスターと呼ばれる感染者の爆発的拡大が一旦生じた場合、その防疫も大変だ。既にオーストリアのチロル州のスキー・リゾート地で発生しているし、韓国では新興宗教団体の集会で起きた。病院で生じた場合、医者も患者も感染し、病院はその役割、機能を果たせなくなる。
これはワーストケースだが、クラスターが原発施設内で生じた場合だ。無症状の従業員が他の従業員を感染させ、その感染が急速に拡大した場合、原発操業はどうなるか。在宅勤務やテレワークでカバーできる分野ではない。現場で操業を維持し、監視しなければならない。事故防止、メンテナンスは大丈夫か。不足する従業員をどのように呼び集めるか等々、これまで体験したことのない課題に直面する。原子炉にはさまざまなタイプがあるから、そのタイプの操業に経験のあるベテラン従業員を探し出さなければならない。
刑務所、病院、学校でクラスターが起きた場合、感染者を隔離し、施設を閉鎖できるが、原発の場合、感染者は隔離できるものの、原発を置きっぱなしにしていくことはできない。世界のエネルギーの約10%を原子力エネルギーで供給している。例えば、フランスでは全発電量の77%が原子力発電だ。新型コロナに従業員が感染し、原発操業に支障が出た場合、原発の安全問題だけではなく、電力の安定供給にも影響が出てくる。
原発施設の話ではないが、オーストリア国営放送はアナウンサーや番組の司会者、新型コロナ関連の専門家を2週間、放送局建物内に新たに設置した隔離施設に待機させ、(個室、シャワー室、運動室など完備)そこからスタジオに通う体制を敷き、ニュース番組関係者が新型コロナに感染することなく報道に専念できるようにしている。適切な人員配置は新型コロナ危機の時には原発施設関係者にとっても大切だ。
いずれにしても、IAEAは、新型コロナ危機に対応するため、世界で働く原発関係者の様々なケーススタディを集め、その経験を原発施設で働く関係者に提供し、原発の安全操業で貢献しているわけだ。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2020年4月14日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。