国の臨時交付金の行方。「東京いじめ」が続くなら日本は終わる

伊藤 悠

緊急事態宣言が発令されたのが4月7日。

誰もが、休業対象の施設や内容はもちろん、補償や協力金の行方を、固唾を飲んで見守るなか、あろうことか、国と都との協議が難航し、中身が全然、決まらない。公表されたのは宣言から3日も経った4月10日のことだった。

Hideya HAMANO/flickr

私も、落選した時代に始めた日本語学校の経営をしているからよく分かるが、家賃、人件費、借り入れ、常に支払いに追われる経営者として、収入がストップすることは廃業の危機とかいうよりも、莫大な借金の恐怖でしかない。

そして、従業員も、その家族も、生活の危機だから、もはや望むことは、都民で足並みを揃えた早期終息。強い国家的な統制以外に望みはない。

にもかかわらず、国から聞こえてきた提案は「2週間様子をみよう」という、愕然とするものだった。まさしく、国家なる幻影で、あの戦争も負けるべくして負けたんだなと、空しい納得さえしてしまった。

一方、都は、早期終息のために、強い要請を事業者にかけようとしたところ、国が待ったをかけたことは、ご存知の通りで、その際に国が、「勝手なことをするなよ」と強く都に念押しをしたとも言われている。

しかし、都は「協力金」の仕組みを譲らず、国を寄り切り、すでに、千葉、神奈川、埼玉県が同様の取り組みを見せているから、身びいきを差し引いても、小池知事は頑張ったと思う。

第一ラウンドは、都が寄り切った。しかし、補償への道筋をつけたくない国と、生きるか死ぬかに喘ぐ都民を支援したい都との暗闘は、第二ラウンドに進むだろう。それが、国から地方への臨時交付金だ。

配分、緊急事態自治体に手厚く(共同通信)

政府は15日、新型コロナウイルス感染対策で創設する1兆円の臨時交付金の自治体配分額について、新型コロナ特措法に基づく緊急事態宣言の対象となった都道府県(現時点で7都府県)や、人口当たりの感染者比率が高い自治体に手厚く算定する方針を固めた。感染状況がより深刻な自治体の対策を支援する狙い。配分時期は2回に分け、2020年度補正予算案の成立後に約7千億円、今年秋以降に約3千億円を配る方針。

地方側は休業要請に応じた事業者への損失補償を国に求めているが、政府は臨時交付金を使った個別の補償は認めない見通し。

国は、新型コロナ対策のために、自由に使える臨時交付金という形で1兆円を地方に配ると表明した。

「政府は臨時交付金を使った個別の補償は認めない見通し」

この点は、国が地方を通じても、一切、補償したくないという頑な姿勢で、失望するが、臨時交付金自体は、実に正しい政策判断で、率直に評価したい。有事の時には、紐付き補助金では手足を縛られ、地域の実情にあった政策を都道府県が打てないからだ。

しかし、ここで注意しなければいけないのは、1兆円の配分である。

国会で配分額を聞かれた西村大臣は、「交付金の配分額は、自治体の人口、感染状況、財政力などを総合的に判断する」と答弁した。

都議会議員としては、頭の中で、けたたましくアラーム音が鳴り響く。

コロナ対策のための交付金で、交付先の自治体の「財政力」をわざわざ持ち出すことに、強烈な違和感を覚えるのだ。コロナ対策で、国に先駆けて、米びつを出し切っている都道府県で、財政力があるところなどあるはずがない。都は、「協力金」だけでも、960億円を投じているし、4月22日可決予定の補正予算には3500億円のコロナ対策費を計上している。東京2020大会のために、都が積み立てた予算が4000億円であることを考えれば、空前の支出額であることをご理解いただけると思う。

だからこそ、「財政力」を敢えて持ち出して、答弁していることに、警戒心を持たざるをえないのだ。

過去の事例を調べてみた。

常時、不交付団体となっている東京都が、直近で臨時交付金を国から受け取ったのは、リーマンショック後の2009に遡る。

写真は、2009年6月、東京都補正予算概要より

その当時、国は、「地域活性化・経済危機対策臨時交付金」という名称で、やはり1兆円を地方に交付。その時に、都が受け取った額は、都全体で143億円、区市町村分を差し引くと、都が実際に受け取ったのは47億円に過ぎなかった。

全人口の1割が集積し、日本全体のGDPの2割を生み出す東京への交付金が、1兆円で47億円、つまり全体の0.5%だったのだ。これが日本政府の当時からの政策である。どこの国でも、首都経済を立て直すことから、国家全体の再建に取り組んでいる。

人体に例えれば、首都は心臓や脳である。心臓を直さずに、手足に輸血したところで、効果的に命を救える訳がない。もちろん、私は、東京だけに金を投入すればいい、という東京一国主義を主張しているわけではない。しかし、0.5%は合理性も戦略性も公平性も欠くもので「東京いじめ」と言うほか表現のしようがない

写真AC

今回の、新型コロナ対策の臨時交付金に話を戻すと、今回の場合は、リーマンショックの時のように、都道府県が平均的に被害を受けているわけではない。感染者数、感染拡大率、人口密集度によって、被害の大きさと対策は全く異なる。

その意味で、やはり、繁華街を多く抱える、大阪、神奈川、千葉、埼玉などは重点的に配分されるべきだし、何より、東京への最重点配分は、誰の目にも妥当と映るはずだ。

そもそも、石原都知事時代から、都は、毎年、約5000億円の都税収入を、国に収奪され、地方に配分されている。地方の疲弊が進んでいる事実があるとしても、それは国の政策で立て直すべきものであり、人の財布に手を突っ込んで、再配分するのは、納税者への公平性からも、お門違いというものだ。

昨年は9200億円の都税が国に収奪されている。

東京都は960億円の予算を組んで協力金を捻出するので、もし、この9200億円があったならば、都は50万円どころか、協力金を一店舗あたり500万円出すことができた計算になる。

もう一度、話を戻すが、間も無く、国は臨時交付金1兆円を地方に交付する。

その算定基準には、目を光らせていなければいけない。

万が一、「財政力」を理由に、都への交付金を不当に減らすようなことがあるならば、「財政力」を奪う、毎年1兆円近い都税収奪をやめるべきだ。不当に「財政力」を毎年、奪った上に、有事の際に首都東京への交付金を「財政力」を理由に減額したとすれば、これほどの矛盾はない。

私たち都民ファーストの会は、都民の命と、都民が収めた税金分の利益を守る立場からも、いやいや、国全体の復興を成し遂げるためにも、日本の心臓部である首都東京の正当な主張を国に投げかけていきたい。