新型コロナ危機をむしろエネルギーに変えるように、政界のキーマンたちの権謀術数がさらに活発化している。先日も書いたように、10万円の一律給付への方針転換は、補正予算案の閣議決定を覆すという異例中の異例だった。安倍首相の面目が失われたかどうかは見方が分かれるものの、岸田政調会長がポスト安倍レースで大きく後退するという「政変」だったのは間違いない。
取り沙汰され始めた二階クーデター説
「一律10万円」は最終的に公明党の山口代表が連立離脱をチラつかせるほどの剣幕で迫ったとされているが、それは最終局面の話でしかない。そもそも異変の契機は、二階幹事長が次の補正予算案向けだったとはいえ、「一律10万円」を言い出したことだった。これが公明党に付け入る隙を与える形となった。
その直後から二階氏が安倍首相、岸田政調会長に打撃を加える「クーデター」説が浮上した。私も事案直後に自民党関係者から聞かされていたが、ある気鋭の政治学者もいち早くツイッターで唱えていた。このツイートは現在なぜか削除されているが、自民党内外、政治記者らの間で二階氏の思惑に関して憶測を呼んだ。方針転換から10日近く、新聞テレビでは目立って取り上げていないが、週刊朝日(5月1日号)は水面下の空気を伝えており、ネットでも昨日配信している。
一律10万給付の裏に「公明・二階の乱」安倍首相白旗で広がる「不協和音」(AERA.dot)
二階氏が本気で倒閣する気があるのか、ただの「威し」なのか、筆者も色々な説を見聞きしたが、真相は不明だ。ただどんな形でも高齢の二階氏がポスト安倍時代に権力を維持するには「闇将軍」として、誰を首魁にするかだ。週刊朝日の記事は自民党幹部の見立てとして石破茂氏を挙げているが、二階氏と親しい小池百合子氏がコロナ危機で久々に人気回復の機運が出てきていることも見逃せまい。
読売特ダネの東京都副知事交代案に異変
そうした中で都庁を舞台に、小池氏の都政運営の手腕と現実をうかがいしれる「事件」が密かに起きていた。きっかけは、おとといの読売新聞の21日付夕刊社会面に載ったこの特ダネ記事だ。
【独自】都副知事 武市氏起用へ 現・財務局長…緊急経済対策を迅速化(読売新聞)
東京都の小池百合子知事は、武市敬・財務局長(60)を副知事に起用する方針を固めた。近く都議会に人事案を提出し、同意が得られれば就任する。一方、長谷川明副知事(61)が退任する見通しだという。
武市氏は財政畑。いまの副知事には財政のスペシャリストがいない。コロナ対策で歴史的な財政出動が続く見通しから、小池氏としては“コロナシフト”の人事案だったようだ。ところが、この人事案が物議を醸してしまった。複数の都政関係者によると、突然のシフト変更に公明党が猛烈に異論を唱えたという。
やがて、この人事案を撤回するという話まで筆者の耳に入ってきた。だとすると読売新聞社会部の都政担当は不幸にして特ダネが「誤報」になってしまう。
長谷川氏は4人いる副知事の筆頭で、「この有事に筆頭副知事を変えるのはなぜ」という困惑があったようだ。ただし武市氏が財政の専門家であることを考えれば、人事は妥当にも思えるが、局長や副知事といった都庁の最高幹部クラスとなると、個々の政治的な関係性も影響してくる。何かよほどのことがあるのだろう。
長谷川氏は都政中枢の政策企画局長から小池都政2年目の2017年10月、副知事に就任した。2年半が経ち、もともとはすでに退任しているはずだったが、小池氏が昨年5月、元副知事の村山寛司氏を特別秘書に招聘したことで一変した。村山氏は長谷川氏の元上司。副知事経験者が“格下”の特別秘書をつとめることは極めて異例で、この「逆転人事」は週刊誌系メディアでも当時は話題になっていた(参照:NEWSポストセブン)。
報道直後のアクシデントと“都市伝説”
ポストの記事にもあるように、村山氏は自民党や公明党とパイプがあり、小池都政と議会各党の調整役だ。政党側からすれば、村山氏(とその裏にいる小池知事)との調整をスムーズにするには、元部下の長谷川氏の「利用価値」はあるのかもしれない、だからこのタイミングで外れることに違和感があるのではないか…と、たまにしか都政を取材しない私はそうテキトーに推測していた矢先だった。
ところが、読売記事が出た直後。都政を揺るがす「アクシデント」が発生していた。
この日、最終日を迎えた都議会臨時会の冒頭でも議長が明らかにしているが、交通局長のT氏が突然逝去した。前日には議会のコロナ特別委にいつも通り出席していただけに衝撃が広がったが、以前から体調は思わしくなかったという。そして、どうやらこのT氏の突然の死去も副知事人事案に影響したようだ。
T氏は公明党との関係が深かったという。公明党は伝統的に東京都政で自民党をしのぐほどの隠然たる影響力を持つ。そして昔から「公然の秘密」として、副知事や局長クラスの上層部にいわゆる「公明枠」が1つは確保されているという噂がある。都市伝説かもしれないが、私も記者時代に聞いたことはあった。たしかに近年も、長谷川氏と同時に副知事に就任した女性幹部(女性では22年ぶり2人目、すでに退任)が公明党の元参議院議員を父に持ち、「公明枠」が取り沙汰された。
もちろん管理職への昇任に厳格な試験が課される東京都庁だ。そんな「枠」が、制度として存在するわけではない。しかしT氏が欠けたことで、公明党としては副知事や局長クラスに関係性の深い幹部を置いておきたいのは確かだろう。
ポスト安倍政局、公明党の存在感
いまのところ、小池氏が副知事人事案を撤回するのかどうかは分からないが、都政運営を安定させ、都知事選での基礎票固めの観点からすれば、公明党に一定の配慮はせざるを得まい。
そして、そのことは小池氏が国政に復帰して初の女性首相を狙う野心があるのなら、当然公明党との距離感はポイントになるだろう。永田町でホスト役となる二階幹事長は、先の「10万円政局」で公明と阿吽の呼吸で動いていたように見えることからしても、なおさらだ。
ひさしく安倍一強の下で、下駄の雪とまで軽んじられていた公明党だが、小池氏と二階氏が天下取りに向けて動くのであれば、その存在感がますます高まってくるかもしれない。
さて、その前に読売新聞の特ダネは予定より遅れて結実するのだろうか。