新型コロナ外出制限の効果とリスク評価の方法論

藤原 かずえ

世界各国で新型コロナ・ウィルスの感染者と死亡者の新規確認数がピーク・アウトする中、この記事では、各国が発令した外出制限とピーク・アウトの関係について分析した上で、日本が展開すべき【リスク評価 risk assessment】の方法論について考えてみたいと思います。

(政府専門家会議提言、NHK:編集部)

(政府専門家会議提言、NHK:編集部)

さて、欧米主要国における私権制限を伴う外出制限の内容については日本経済新聞が簡潔にまとめています。

引用:日本経済新聞[記事]

引用:日本経済新聞[記事]

いずれの措置も基本的に「不要不急の外出を禁止」するものであり、「違反者には罰金」を強制的に科しています。一方で日本の措置は「不要不急の外出を要請」するものであり、強制力はありません。

以下、欧米主要国における感染者と死亡者の時間変動と外出制限の関係について、新規確認数の実データ(worldometer)を基に分析してみたいと思います。

新規感染者数

図-1は欧米主要国における新規感染者数(7日間移動平均)の推移を表したものです。参考のため、日本の発表値も同時にプロットしています。また、外出制限の発令日のデータを◇印でプロットしています。


図-1 新型コロナ新規感染者数(7日間移動平均)の推移

ここで、7日間移動平均(前の3日と後の3日を加えた7日間を平均したもの)を用いた目的は、曜日による感染者数発表の偏りとホワイトノイズを除去するためです。実際にフランスの推移を除けば概ね滑らかな曲線が得られているものと考えます。

これらの曲線はいずれも【歪んだベル型カーヴ skewed bell curve】を呈しています。初期は緩慢に増加し、徐々に勾配を増加させながら直線状に増加し、ある点を境に徐々に勾配を緩めながらピークに達します。ピーク後のネガティヴ・スロープは上に凸から凹に緩慢に移行します。すなわち、時間軸に沿って増加が急激に生じる一方で減少は緩慢であるという特徴を持ちます(確率分布の3次モーメントである【歪度 skewness】が正)。

この曲線形状は典型的な【流行曲線 Epidemic curve】であり、中国の事例とも一致します。感染という【複雑系 complex system】に作用するミクロな現象も集積するとマクロには簡単な形状になるということです。なお、各国の外出制限令は、ドイツを除けば、いずれも直線状に増加する感染爆発が発生する前に発令されているのがわかります。

図-2は縦軸に新規感染者数の人口比(10万人当たり)をとって標準化したものです。いずれの国も10万人に2~3人の新規感染者が発生した時点で外出制限令を発令していますが、感染爆発の発生自体を抑制するには時に既に遅しであったことがわかります。ちなみに日本のワイドショーや欧米の主要メディアから「危機意識が低い」「対応が遅い」と罵倒された日本政府が緊急事態宣言を出したのは、10万人に0.35人の時点でした。リスク管理の観点から言えば、日本は欧米主要国とは比較にならないほど危機意識が高く対応が早いと言えます。


図-2 新型コロナ新規感染者数(10万人当たり・7日間移動平均)の推移

図中の破線は、外出制限の効果が顕在化して新規感染者数の増加が鈍化するポイントを概ね把握するために描いた割線です。ドイツを除けば、感染鈍化までの時間は10日~2週間、ピーク・アウトまでの時間は2週間~20日です。

新規死亡者数

図-3は欧米主要国における新規死亡者数(7日間移動平均)の推移を表したものです。新規死亡者数も、新規感染者数と同様、ベル型カーヴを呈し、新規感染者数のカーヴから1週未満の時間遅れを伴って推移しています。外出制限令は新規死亡者数が概ね50~100人となった時点で発令されています。


図-3 新型コロナ新規死亡者数(7日間移動平均)の推移

図-4は縦軸に新規感染者数の人口比(10万人当たり)をとって標準化したものです。この図からも、日本は欧米主要国とは比較にならないほど危機意識が高く対応が早いと言えます。


図-4 新型コロナ新規死亡者数(10万人当たり・7日間移動平均)の推移

図中の破線は、外出制限の効果が顕在化して新規感染者数の増加が鈍化するポイントを概ね把握するために描いた割線です。ドイツを除けば、感染鈍化までの時間は2週間強、ピーク・アウトまでの時間は3週間弱です。

日本が展開すべきリスク評価

欧米主要各国における新規感染者数と新規死亡者数の推移を見てわかることは、たとえ深刻な感染爆発であっても外出制限を行うことによって3週間程度でピーク・アウトさせることができるということです(表-1参照)。しかしながら、このプロセスには多数の犠牲者を伴い、ベル型カーヴのネガティヴ・スロープも緩慢です。これがこの感染症自体が持つ疫学的な【テール・リスク tail risk】であると言えます。

表-1 外出制限と新規感染者・死亡者の低減までの日数


ただし、ここまでの全世界の死亡者数が約18万人であることを考えると、他国よりも圧倒的に感染者・死亡者が少ない日本において40万人が死亡するという西浦博氏のテール・リスクの想定が非現実的であることは自明です。

ここで現在の日本の疫学的状況を再確認しておきたいと思います。図-5と図-6は、それぞれ日本の新規感染者数と新規死亡者数の推移を示したものです。顕著な偏りが生じている曜日の影響を除去するためにいずれも7日移動平均で表しています。


図-5 日本における新型コロナ新規感染者数(7日間移動平均)の推移


図-6 日本における新型コロナ新規死亡者数(7日間移動平均)の推移

まず新規感染者数を見ると明確なピーク・アウトが認められます。ピークは4月12日です。感染者減少の要因として約2週前に人が移動する年度末を通過した影響や4月1日の専門家会議による注意喚起の影響が考えられます。

首相の緊急事態宣言は4月7日なので、これを4月12日のピーク・アウトの要因と考えるのは困難です。あくまで数値から評価する限り、日本国民は年度末に感染拡大を阻止する防御態勢を既に整えていたと言えます。つまり「感染数が減るのはアクションの2週間後である」という専門家会議の主張に従えば、西浦氏が接触を8割減らす要請をする前の段階で、日本国民は感染数を減少させるだけの接触削減を既に達成していたことになります。専門家会議は、接触8割減少対策の前提条件と矛盾するこの重大な事実を無視してはいけません。

なお、日本で言う「新規感染者数」はあくまでも「新規感染者の確認数」に過ぎませんが、一定の基準で認定が行われている限り、「真の新規感染者数」の時系列変動を反映したものであると考えられます。

一方、新規死亡者数を見ると、ピークにはまだ達していません。新規死亡者数の挙動は新規感染者数の挙動に対して時間遅れがあるので、欧米の事例から帰納的に考えれば、今後まもなく達成するものと考えられます。勿論、そうでない場合には原因を精査する必要があります。

そもそも、西浦氏の疫学的シミュレーション・モデルは、基本的にデータの変動を物理的関係に求める【物理モデル physical model】です。この場合、用いる物理則の因果の法則性が検証されていることは勿論のこと、正確な初期条件と境界条件をモデルに入力する必要があります。

しかしながら、究極の複雑系ともいえる人間社会において、このような条件を大規模な調査もなしに正確に与えることは困難です。少なくとも物理モデルは、新たに得られる実測値を基にモデルを逐次確認・修正する【情報化戦略 observational method】の下で運用される必要があります。【逆解析 inverse analysis】のアイデアもなく、【順解析 forward analysis】で得られた一つの結果のみで対処している現在の戦略にはリスク・ヘッジが全く機能していません。

一方、現在のようなデータ取得環境において有効となるのが、データの変動を統計的関係に求める【統計モデル statistical model】です。統計モデルの場合、物理則が未知な場合にも適用でき、入力パラメータも柔軟に選択できます。入力と出力の間に物理的根拠を即座に与えるのは困難ですが、ある程度のサイズを有するデータが逐次得られる現在の状況では、入力と出力の関係を精度よく再現することも可能です。留意すべき点は、現在は緊急時であり、キャリブレーションが必要な物理モデルを適用するだけではなく、簡易なショートカットである統計モデルもパラレルに適用するのが戦略的です。

図-5の時系列変動にピークが存在するのは明確な事実であり、このピークを作った環境条件を維持しながら、ネガティヴ・スロープの勾配をより高めることこそが現在の日本に求められていることかと思います。そのためには統計の専門家、特に時系列分析とデータマイニングの専門家を活用することが極めて重要であると考えます。データ・リテラシーを有している統計の専門家は、少なくとも「40万人が死亡する」といったような非現実なテール・リスクを想定することはないものと考えられます。

重要なことは、モデルの検証を行うことなしに経済的打撃を際限なく許容する現在の状況です。当然のことながら、すでに発生している極めて深刻な経済リスクに対応するためにも、日本は計量経済学の専門家を対策チームに加えて究極の【リスク・ベネフィット分析 risk-benefit analysis】を展開すべきです。経済の危機が多数の命を奪うこと[記事]があまりにも軽視されています。


編集部より:この記事は「マスメディア報道のメソドロジー」2020年4月23日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方はマスメディア報道のメソドロジーをご覧ください。