えん罪を生む日本の悪しき取り調べ(「6. 協力、凶力?」より)
金子氏が逮捕された2日後の2004年5月12日に「いろんな人が来てごちゃごちゃしてるので、整理してもらえません?」と言っているらしいとの報告が入り、壇氏はすぐに京都に向かい、五条警察で金子氏に接見する。以下、金子氏が犠牲となった日本の刑事司法の問題点を突いているので、長くなるが著書から引用する。なお、引用については壇氏の了解も得ている。
捜査弁護は検察と弁護側の綱引きである。被疑者が弁護側よりも捜査側になびいている場合、お巡りさんの作文したでっち上げの調書に署名して事件は最悪の結果となる。 被疑者は、なぜか自分で 捜査側の 取り調べに対応できるという幻想を抱きがちである。おそらくドラマの見過ぎであろう。
実際 には、取調室は密室である。取調室で一生懸命、自分の潔白を語ったとしても、 そんなことは調書には記載されない。捜査側にしてみれば、 被疑者を有罪にするための証拠である調書に被疑者に有利なことを書くわけがないのだ。 逆に、操作(ママ)側が作文した調書であっても署名をした瞬間、 刑事訴訟法上は自分が喋ったものと同じに扱われる。そして裁判所は相当不合理な内容の自白調書でも自ら認めたから信用できるという理由で、自白の信用性を認めて有罪にする。多くのえん罪は、このような日本の悪しき取り調べが生んだのである。
何も知らない人は、そんな不利な調書に署名をするわけがないと思うかもしれない。しかし、そこを署名させるのが 捜査側のテクニックであり、ドラマに出てこない部分なのである。
(中略)
その日の夜の取り調べで、彼が検察の作文した調書に署名したというのを知ったのは、翌日の朝の接見報告を見てのことである。被疑者は勾留 の前に裁判所に行き、その際に裁判官から容疑に関して罪を認めるか等の質問を受けた。これを勾留質問というが、 勾留質問時の発言は調書に 記録される。彼は12日に勾留質問で裁判所に行ったところ、 著作権侵害 を蔓延する目的でWinnyを作ったという点について否定したのである。著作権侵害蔓延目的ではない。それは真実そのままなので、彼が裁判所でそう答えたのは当然である。しかし、その報告を聞いて慌てたのは著作権侵害目的で「自白を取れた!」と思い込んでいた検察官である。 その日の夜に警察まで行って、「裁判所での発言は嘘です、弁護士に入れ知恵されたのでそう言ったのです」という調書を作文して、署名を迫って金子に署名させたのである。
(中略)
金子が完黙 (カンモク)、つまり捜査側の質問に一切答えないようにしたことを知ったのは、翌日の朝の接見報告である。 検察官は「最初、話を聞いてくれるような感じだと思っていたが、信用できないと分かったので黙秘することにしたと言った」という事が報告されていた 。
ゴーン妻の「人質司法」批判
2019年01月17日付ITmedia 「ビジネスオンライン『ゴーン妻の“人質司法”批判を「ざまあみろ』と笑っていられない理由」は、日産自動車の前会長カルロス・ゴーン氏の逮捕後の勾留が長引く中、「キャロル夫人が国際人権団体のヒューマン・ライツ・ウォッチ(HRW)に、9ページにわたる書簡を送ったことが明らかになった」と指摘した後、以下のように続ける。
夫人は書簡で、「日本の刑事司法制度がゴーンに課している厳しい扱いと、人権に関わる不平等さを白日の下にさらす」ことをHRWに求めている。
時を同じくして、HRWアジア局長のブラッド・アダムスは国際情勢サイトのディプロマットに、ゴーンに対する人権侵害について寄稿し、「ゴーンは保釈を却下され、取り調べ中に弁護士を伴うことは許されず、逮捕以降は家族と会うことも許されていない」と主張。さらに、「ゴーンに対する深刻な嫌疑や、彼の日産時代に絡んだ論争があろうとも、刑事告訴に直面している人は誰しも、このような形で権利を奪われるべきではない」と指摘した。
またキャロル夫人の書簡にはこんな記述もあるという。「毎日何時間も、検察官は弁護士が立ち会わない中で、なんとか自供を引き出すために、彼を取り調べし、脅し、説教し、叱責(しっせき)している」
夫人は、いわゆる「人質司法」を批判し、まだ有罪になっていないゴーンがあまりに不当に扱われていると言いたいのである。さらに今後、別件の逮捕などによって当局はいつまででも勾留を続けることができ、自供するまで延々と密室での取り調べが続くことになる。
(中略)
容疑者を追い詰める「自白偏重主義」
次のページでは「容疑者を追い詰める『自白偏重主義』」の見出しの後に以下の記述が続く。
そもそも外国からは、日本の刑事司法制度には問題があると見られている。キャロル夫人が示唆しているように、大きな問題は「自白偏重主義」だ。
(中略)
英BBCの記事は、有罪率が99%の日本では自供が「絶対的な証拠」になっていると指摘している。さらに容疑者は可視化されていない小さな取調室で自供するまで追い詰められるとも書いている。
壇氏は以下のようにも指摘する。
後日、なぜ、何でもかんでも署名していたかについて話を聞く機会があった。そのとき、彼は、「いやー、天下の警察・検察が署名しろって言ったから、まぁ、そういうものかなと思ったんですよ。ちょっと協力的すぎましたね。ハハハ」…
この点についても上記ITmediaの記事は、BBC記事の鋭い指摘を紹介している。
またBBCの記事は「日本人は伝統的に当局に楯突くのは良くないと考え、犯罪者はかなり簡単に自供してしまう」という専門家のコメントを紹介し、実際に身に覚えのない罪を過酷な取り調べの後に認めてしまった人物のコメントも掲載している。
日本人のお上に対する従順さに便乗して、虚偽の自白を引き出す違憲のおそれすらある捜査手法に金子氏も乗せられたわけだが、こうした当局の暴走防止策として参考になるのは、米国の被疑者に対する告知である。米国では被疑者の取り調べの際、尋問の前にミランダ警告とよばれる以下の4項目からなる告知をしなければならない。アメリカ映画の犯人逮捕のシーンで警官が被疑者に対して発するセリフである。
- 黙秘する権利があること
- 供述すれば不利益な証拠となりうること
- 弁護人の立会いを求める権利があること
- 弁護人を依頼する資力がなければ(公費で)弁護人を付してもらうことができること
これに反して得た供述は証拠とすることができない(田中秀夫編『英米法辞典』東京大学出版会)。
日本でもこうした制度が導入されていれば、金子氏も起訴されずにすんだわけである。「『平成の敗北』と重なるWinny開発者金子勇氏の悲劇」でも指摘したとおり、「世界にも例のない開発者の著作権法違反幇助罪での逮捕、起訴は金子氏個人にとってだけでなく、国にとっても大きな損失だった」だけに同じ過ちを繰り返さないためにもぜひ導入してもらいたい。