こんなにゴールデンウイークを感じさせない4月末を経験するのは初めてです。緊急事態宣言の解除が1カ月程度延長されるといったニュースも飛び交うなか、皆様いかがお過ごしでしょうか。
さて、当ブログでは「コロナ禍における有事の株主総会対応」として、一貫して「6月総会は継続会方式(二段階総会開催方式)ではなく、少なくとも7月以降に完全延期すべきである」と主張し続けてきました。また、その合理的な理由も縷々述べてきました。
ところで、金融庁・法務省・経済産業省による「企業決算・監査等への対応に係る連絡協議会」は、6月総会の柔軟な対応を推奨するものとして、完全延期の選択肢のほかに「継続会方式(会社法317条)も選択肢のひとつである」との内容で、継続会方式を採用することを前提とした指針を表明しています(4月28日付け)。5月中旬までに決算が確定しない上場企業、監査終了が見込まれない上場企業にとっては、まさにありがたい指針になりそうですね。
ただ、上記指針を拝読いたしましたが、やはり私は(法律面ではなく、実務面において)継続会方式には無理があり、6月総会はきちんと延期決定を行い、議決権行使、配当請求権行使に関する基準日を変更すべきと考えます(すでにサマンサタバサやJDIのように、基準日を変更して5月総会、6月総会の完全延期を決定した上場企業も出始めており、連休明けの各社動向が気になるところです)。その理由は以下のとおりです。
まず一つ目の理由は「役員選任議案」について。上記継続会指針では「6月総会の際に、計算書類は提供されていないとしても、既に公表されている四半期報告等を活用して、この1年間の事業の概況、新任経営者に求められる役割等について丁寧な説明を行うことで、役員選任議案を通すことは問題ない」とされています。当ブログでも、この論点については議論したところです。
しかし、何度も申し上げるとおり、これは会計監査、監査役監査の重要性を全く顧みないものであります。イレギュラーな理由で、上場会社の1社、2社が計算書類を提出できずに「継続会方式」を採用するのであれば、(過去の例にもあるように)ディスクロージャー問題として、機関投資家はクリアできるでしょう。しかし、多数の会社がこの方式を採用するのであれば、丁寧な説明がされたからといって会計監査、監査役監査に代替できるとは到底思えません。
機関投資家が多数の会社の計算書類を短時間のうちに信認できるのは、そこに(社会的インフラである)会計監査人や監査役の適正意見、財務報告内部統制への相当性意見が付されているからです。いちいち「丁寧な説明」を聞いている時間的余裕などないはずです。もし多数の上場会社の「丁寧な説明」を聞いて議決権を行使しなければならないとすれば、それこそ機関投資家の方々の健康や安全を損なうことを奨励することになります。それを承知のうえで、このような意見が出される、ということは、あまりにも監査制度の実務を軽視(無視?)したものと言わざるを得ません。
さらに、いま継続会方式の採用を検討している上場会社は、6月下旬の総会を、できるだけ株主には出席してもらわない方向で準備をしています。議決権も事前行使を推奨する予定だと思います。そのような総会準備の状況と株主への丁寧な説明を要求することとは明らかに矛盾しています。株主から質問も受け付けない状況を一方で推奨しながら、もう一方で株主への(経営状況に関する)丁寧な説明を要求する、というのは、どのように考えても合理的な説明がつきません。
次に二つ目の理由は「剰余金の配当」議案についてです。継続会方式を採用する場合の最初の総会(つまり6月の総会)で剰余金の配当決議を行う場合、2020年3月期の計算書類が確定していなくとも、2019年3月期の確定計算書類に基づいて算出された分配可能額の範囲において配当を決議することは可能とされています。これは私も当初から述べているとおり、そもそも分配可能額に問題がない上場会社であれば配当は可能であり、違法配当や計算書類に欠損が生じる可能性が少ないのであれば継続会の当初の総会で決議することも可能でしょう。
しかし、2019年3月期の確定計算書類に基づいて剰余金配当を決議するためには、その前提として、2019年3月期の計算書類から分配可能額を計算しなおす必要があります。たとえば配当の効力発生日までの自己株式の変動、帳簿価格の価格算定、その他いくつかの項目について、あらためて減算を行い、分配可能額を確認しなければなりません。その作業は経理部門と会計監査人が行うわけですから、ただでさえ2020年3月期の決算確定に忙しいうえに、前年度の計算書類をもとに分配可能額の再計算を行うということは、この指針が「企業が従業員等の健康や安全を最優先に考えた」うえで継続会方式を採用することを前提としている趣旨と明らかに矛盾しています。
そして三つ目の理由は(法理論ではありませんが)欧米企業のコロナ禍における機関投資家の態度との整合性です。ガバナンス改革における「短期利益よりも中長期利益」といった企業価値の捉え方との整合性といってもよいと思います。継続会方式は、3月末決算時の株主への配当金支払いにどうしてもこだわっています。もちろん株主の重要な権利であるがゆえに、配当に関する基準日を変更したくない理由はわかります(ちなみに、一般社団法人信託協会は4月20日付け連絡協議会宛の要望書において「基準日の一律延長」を要望されています)。
しかし、現在は株主への配当や役員報酬を雇用維持や取引先支援、コロナ後の回復のための内部留保に振り向けるべき、といった意見が高まっています。米国ではGMもフォードも配当や自社株買いを停止しています。各企業が経済復興に向けて一致団結して動き出そうとしているときに、基準日を固定したいがためにイレギュラーな総会を開催しなければならないほどの切迫した理由になるのかどうか。私には理解できません。
ちなみに、配当に関する基準日を変更できない理由として「3月末の株主から訴訟を提起されるリスクがある」とよく指摘されます。しかし、この訴訟を提起されるリスクとは、いったいどのような訴訟を提起されるリスクなのでしょうか?ご承知のとおり、会社法上、基準日を変更することは可能であり、3月末の基準日をずらさない、という慣行は、株主にとっては反射的利益にすぎません(基準日を定款に記載している会社の場合には「反社的利益」は言い過ぎですから「期待権」と言い直したほうが良いかもしれませんが)。
また、株主の配当請求権は、株主総会の決議がない状況では抽象的な請求権にすぎず、会社に対して訴えを提起できる具体的な権利ではないとされています(江頭「株式会社法」第7版 692頁)。さらに、平時に基準日を理由なく変更するのではなく、「経営環境の先行きが全く見通せない状況の中で、事業の継続性を優先する、短期利益よりも中長期の株主利益を確保する」という大義名分のある中での変更です。私はどうも「3月末株主による訴訟リスク」というのはあまり考える必要はないのではないか、と考えております。
毎度申し上げておりますとおり、行政の指針が出されている以上、継続会方式を採用するのか、一気に6月総会を敢行するのか、それとも7月~9月あたりに総会を完全延期するのか、これは皆様方の経営判断です。そもそも「(基準日に関する)慣行は変えたくない」といった意見が強い日本企業に向けて継続会方式やバーチャル株主総会といった斬新な方式を推奨すること自体にやや無理があるように思いますが、この有事において、継続会方式やバーチャル株主総会を敢行するリスクが高いことは、おそらく感覚的に理解できるのではないでしょうか。
監査制度への懸念だけでなく、6月総会を断行することには安全面からの懸念もあります。想像してみてください。定時株主総会を開催する、ということは、その準備も含めて、社内外の多くの人たちの協力がなければなしえない、ということです。たとえ簡素化された総会が開催されるとしても、簡素化された分、準備にはたいへんな人たちのリアルな作業が増えるということです。それだけ多くの社内外の人たちの生命・身体の安全が危険にさらされることを、会社は許容することになります。それでも「断行する」ということは相当の覚悟が必要ではないかと。
働き方改革に前向きに取り組んでいる会社では「テレワーク」が比較的うまく運用されているのに対して、掛け声だけでお茶を濁してきた会社では問題が発生している様子からみて、「有事の株主総会」にも同じことがあてはまるような気がいたします。有価証券報告書の提出が猶予された9月末まで6月総会は完全に延期されるのが、もっとも妥当な選択ではないかと思います。
編集部より:この記事は、弁護士、山口利昭氏のブログ 2020年4月30日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、山口氏のブログ「ビジネス法務の部屋」をご覧ください。