緊急事態宣言で休業中の飲食業などから、固定費負担が重くてやっていけない、との声が上がっている。気の毒に、と聞く側は同情するが、固定費とは何かまで解する方はそうは多くなかろう。斯くいう筆者も若かりし頃に経理に関わらなかったらきっとそうだ。
メーカー在勤中に3年間経理で仕事をした。昭和末期のバブルの始まる頃で、企業は資金調達を銀行借入から転換社債などの自家調達に切り換え始めていた。筆者の仕事は、証券会社経由で大蔵省に出す目論見書作りや設備投資の査定、年次予算の取りまとめなど。
一般に企業の経理は予算と決算と会計からなる。会計は「資金や出納などの管理」、決算は納税のための「税務会計」、予算は損益管理のための「管理会計」が大まかな役割。予算部門だった筆者は、簿記や税務は未だに無知だが、管理会計は少し憶えている。
10年ほど営業一筋で、固定費の「固」の字も知らないところからの独学だったので苦労した。その代わり、経理一筋の専門家と違い「経理を知らない者は何が解らないのか」が解る。そこで、以下に固定費がなぜ重いかなど、管理会計のさわりを述べてみたい。
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会社の業態には大きく製造業と非製造業がある(他に農林水産業など)。製造業は、原材料を仕入れて設備で加工し、製品に仕上げ、販売は非製造業の商社や問屋がする。配送業やIT産業、スーパーや種々の小売店なども非製造業。飲食業はサービス業だが形態は製造業か。
製造業と非製造業の相違点は加工設備の有無。大型設備は数十億から数百億もする。が、昨今ではIT産業のIT機器や配送業の倉庫・管理機器・トラックなどの固定資産投資も膨大のようだ。これらの投資コストは「減価償却費」として「費用処理」するがこれは後述する。
費用処理といったが、「費用」とは「収益」と対の語。収益は売上や収入ともいい、業を行って外部から得たお金のこと。費用は原価や経費やコストなどともいうが、収益を得るのに使ったお金。そして収益から費用を差し引いたお金が「利益」になる。
利益を増やすには、収益を増やすか費用を減らすか、またはその両方かだ。「管理会計」は収益をどう増やすか、費用をどう減らすかを管理する会計だが、収益を増やすのは主に営業や研究開発の仕事になるから、経理部門は効率的な費用の使い方を考えることになる。
日々の収入や支出を「帳簿づけ」(記帳)するのは飲食業も大企業も同じ。費目毎に集計されたものを「要素」という。企業では通常、製造部門の費用を「製造原価要素」、販売部門や研究部門や本社の管理部門の費用を「一般管理費及び販売費(販管費)要素」として集計する。
原材料費と製造原価要素を使って製品や部門毎に「原価計算」し、単位当たりの原材料費と加工費を算出する。販売部門の損益は、この原価に販売費と研究費を割り振って算出する。それへ更に本社費や基礎研究費を賦課(配賦)し、最終的に会社全体や部門別・製品別の損益を算出する。
以上は主として利益を確定し「納税」するための原価や損益の計算で、在庫や子会社株式の評価だの減損だと難解な処理もある。が、管理会計はある種のシミュレーションともいえ、ポイントを憶えれば難しくない。長年商売をしている方などには自然と身に付いている類のことだ。
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管理会計の肝は、要素費目を「固定費」と「変動費」に分ける「固変分解」だ。いま仮に飲食店をモデルにする場合なら、お客の入りや収益(売上)の増減に関係なく、毎月定額で発生する費用が「固定費」だ。家賃(支払い賃借料)や人件費などが最たるものになる。
店が自前の場合は家賃の代わりに固定資産税が発生するし、厨房機器や什器備品の費用も固定費だ。レンタルなら支払い賃借料が発生し、購入なら耐用年数に従って「減価償却費」として毎年費用処理する(一定額以下の場合は購入時に費用化)。修繕費や火災保険料なども固定費だ。
減価償却とは、既に支払い済みの購入費用を年年費用処理すること。つまり、徐々に損金算入して利益と納税額を減額する。償却費は毎年費用計上するが、再びお金が出てゆく訳ではない。設備などの有形固定資産でない特許や各種権利などの無形固定資産も減価償却対象だ。
一方、「変動費」とは、収益の増減に比例して増減する費用をいう。飲食店なら材料費がその筆頭で、光熱費や水道料もそうだし(基本料金は固定費)、調味料や割り箸やおしぼりなどの消耗品も客の数で変動する。人件費も、忙しい時にだけ来てもらうアルバイトなら変動費だ。
ラーメン店をモデルに考えてみよう。月間の収益と費用を次のように置く。売上=100万円(商品=ラーメン@800円、営業日数=25日、1日平均50杯の計算)。固定費は、家賃=20万円、人件費=経営者20万円、店員=15万円、その他固定費=5万円の合計60万円だ。
売上から変動費を引いた金額を「限界利益」(または変動費利益)という。つまり限界利益は「固定費を賄える金額」のこと。このラーメン店の固定費は60万円だから、限界利益が60万円得られれば収支トントンだ(商社や小売店の変動費は「仕入れ商品費」が主)。
ラーメン1杯当りの必要限界利益は480円(60万円÷50杯÷25日)だ。つまり1杯当り800円-480円=320円の変動費が掛けられる。換言すれば変動費を@320円に抑えれば経営者は20万の給料を確保できる。限界利益を売上で除したものを「限界利益率」といい、この例なら480÷800=60%になる。
固定費を限界利益率で除したものが「損益分岐点売上高」で、この店は60万円÷60%=100万円。つまり、損益分岐点売上高なら収支トントン、それ以上に増販すれば利益は増し分売上×限界利益率の割合で増える。この店の場合、110万円の売上なら10万円×60%=6万円の増益だ。
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モデルラーメン店の管理会計はこのようだ。次にこの店がコロナ休業した場合どうなるか考えてみる。休業なら変動費は掛からないが限界利益もゼロだから、固定費60万円が丸々赤字になる(売上が半減の50万円なら50万円×60%=30万円の限界利益減で30万円の赤字)。
他方、今知られている国と地方の休業協力金や助成金を概観すれば、去年の2~6月のある月の売上の半分以下なら100万円を上限に協力金が出る。上限があるからこのモデルは40万円としよう。個人には一律10万円がある。従業員への雇用調整助成金がこの先10割になるとして15万円。
地域で異なるが、平均30万円程度の自粛協力金が、売上が一定程度減った個人事業主などに別に出る。これ以外に固定資産税の繰り延べや各種融資などあるが、これらはいずれは支払いや返済が必要。となると経営者には80万円(雇用調整助成金は従業員給与へ)、従業員には25万円が一回だけ出る。
1ヵ月の固定費は、家賃20万円、経営者20万円、店員15万円、その他固定費5万円の合計60万円。従業員は休業が長引いても店が存続すれば雇用調整助成金で凌げる。が、経営者は家賃と自分の給与とその他固定費で45万円掛かるから、2ヵ月目には給与半減、3ヵ月目は無給なうえ家賃も支払えない。
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以上で明らかなのは、休業や時短をしている個人事業主などに対する家賃や生計費などの事業継続補償が要るということ。廃業となれば従業員も雇用調整助成金が受け取れない。「新しい生活様式」はこれら事業の命を感染者の命と同様に救ってこそのこと。追加も含めた対策の実施が待ったなしに必要だ。