新型コロナ検査を受けた日の出来事

長谷川 良

オーストリア国内のPCR検査(IAEA/flickr)

欧州の「終戦75年」を迎えた8日午後、当方は「1450」に電話した。この番号は新型コロナウイルスの感染の疑いがある症状が出た場合、病院に直接行かず、先ず指定された緊急番号に電話し、医療関係者に症状を伝えることになっている。

タクシーや電車を利用して病院に直接行って、タクシー運転者や病院関係者が感染したケースがあったからだ。保健省側は「絶対に公共機関やタクシーで病院には行かないように」と、新型コロナの感染が広がって以来、何度も国民にアピールしてきた。

当方は新型コロナ取材のために「1450」に電話したのではない。どうやら新型コロナに感染した疑いがあるからだ。やばい、というよりやっぱりか、といった思いもあった。年齢的にも感染危険年齢に入っているうえ、持病持ちで、高血圧に悩まされている。十分、新型コロナ感染者になる資格を有しているからだ。その上、毎日、新型コロナ関連のコラムを書いていることもあって、さまざまな情報が当方の頭に飛び込んできて、新型コロナ関連情報には人以上に過敏となっていることもある。

2週間前ごろから喉が詰まったような、異物感があった。熱はまだないが、倦怠感はある。新型コロナがオーストリアでも感染し出してからは、当方は自宅近くの市電乗り場まで新聞を取りに行くことと、ゴミ捨ての時だけしか外出しない。国連記者室には既に1カ月以上、足を運ばなくなった。新聞取りに行く時もマスクをし、冬用マントを着て新型コロナ予防対策をしてきた。昼食前後は、ベランダに出て日光浴をしてきた。太陽の光が新型コロナウイルスをやっつけるという米国発の記事を読んで以来、感染予防という意味で日光浴は欠かさなかった。

それでも、相手は不可視の存在であり、侵入しようと思えば、どこからでも可能だ。家人から感染することもあるだろう。1週間に1度、娘が運んでくれる買物の食料品を通じてからも可能だ。感染ルートを見つけ出すことは、当方が秘かに尊敬している名探偵シャーロック・ホームズでも難しいだろう。

「1450」の電話先の女性は親切で、当方の症状を詳しく聞いてくれた。熱がないこと、咳はないことから緊急症状ではないと判断したのだろうが、当方が持病持ちで高齢者、高血圧のうえ、過去にガンも患ったという病歴を聞いた後、「幸い、赤十字社の救急車は今、余裕があるから新型コロナ検査をする」ということになった。それも「5分後に来る」というのだ。その迅速な対応に驚いた。

オーストリアは9日午前9時現在、感染者総数1万5735人、死者582人、病院入院患者数は288人と、感染者数も死者数も急減し、回復者の数が伸びてきたこともあって、新型コロナ関係者、病院にも少し余裕が出てきた。4月中旬ごろは相談電話にもなかなか繋がらず、新型コロナ検査も数日間待たなければ来てくれなかった。検査までは自宅療養が多かった。だから「5分後に新型コロナ検査員を送る」と聞いた時、耳を疑った。

実際、新型コロナ検査員が5分後、当方のアパートの部屋の前に立っていた。若い青年だ。彼は白色に青い線が入った完全防御服を着、防御用ゴーグルもつけていた。手には鼻孔検査用と喉検査用の細い棒を持っている。彼の息切れは激しかった。彼は当方が住む7階まで階段を歩いてきたのだ。エレベーターはあるが、狭い空間のエレベーターは感染の恐れがあるため使わないという。

息切れをしている若い新型コロナ検査官の前に、初老の当方は好奇心溢れる表情をしながら玄関前に立っていた。検査官はドアの中には入らず、玄関外で直ぐに検査を始めた。

彼は1枚のパンフレットを渡し、「後で読んで下さい」と語った後、まず鼻孔検査、そして喉の検査をした。喉の検査の時、少し手間取ったが、直ぐに終わった。「検査結果は3、4日後に分かります。陽性の場合、保健省関係者から電話が入ります」と説明した後、「検査棒はゴミ箱に捨てていいです」というと、「新型コロナ感染の疑いある患者」という立場になったばかりの当方に一瞥した後、最上階から下に降り出した。

新型コロナ検察官と感染疑い者の間の接触は最小限に制限されている。若い検査官は「ありがとうございました」という当方の言葉にも何にも反応をみせなかった。感染している場合、口からウイルスが飛散する危険性が高いから、必要最小限の会話しかしないように訓練されているわけだ。

検査を終えた当方は「これが新型コロナ検査か」と、今終わったばかりの初体験を思い出していた。その数分後、今度は呼吸機能、心臓機能を検査するために医者と2人の看護人が小型検査機をもって訪ねてきた。当方は「脈拍数が95以上で血圧が高い」といったため、「心臓発作が起きたら大変」というわけで念のため心電図を検査するために来たわけだ。10分ぐらいの検査の結果、心臓機能は正常という診断をした後、帰っていった。

「1450」の電話1本で当方は「新型コロナ感染の疑いのある患者」というステイタスを貼られた後、新型コロナ検査官、3人の医療検査官がわが家を訪ねてくれたわけだ。電話から1時間も経過していない。

当方は特別のVIP用医療健康保険に入っているわけでもない、ウィーン市民が皆入っている通常の健康保険保持者に過ぎない。その日、コロナの感染ピークが終わって患者が少なかったという面もあるが、電話1本で外国人の住民に過ぎない当方にもこんな手厚い治療を施してくれるオーストリアに自然に感謝の念が湧いてきた。

「新型コロナ感染の疑患者」となった翌日(9日)、妻が入れてくれたコーヒーを飲みながら、昨日の出来事を忘れないために、このコラムに書いている。新型コロナ検査の結果は数日後、分かる。検査結果が出るまで、朝と夜、自分の症状をメールで報告しなければならない。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2020年5月10日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。