コロナ禍で小学校や保育園の休校・休園が長引く中、ベビーシッターの利用が激増しています。
そんな状況下で、衝撃的な事件の報道が耳に飛び込んできました。
4月24日、ベビーシッターマッチングアプリの大手「キッズライン」に登録していた元ベビーシッターの男性が、保育していた5歳の男児のズボンを脱がせて下半身を触ったとして、強制わいせつ容疑で逮捕されたとの報道がAERAでありました。
キッズラインは、内閣府のベビーシッター派遣事業における割引券等取扱事業者(=補助対象事業者)です※1。
報道によれば、警視庁の捜査関係者は、
「実は、容疑者の携帯電話の中には複数の男児の裸の写真が見つかっており、警視庁管内でも数件の余罪が確認されている。容疑者は80回以上、シッターとして稼働しているといい、キッズラインの利用者の中に、さらなる被害者がいる可能性を視野に捜査を進めています。」
と言っているそうです※2。
個人的な想い
この15年近く、保育関連の事件や話題はなるべく解説してきた僕ですが、この事件を取り上げるか、実はとても迷いました。書くのが苦しくて、報道が出てから時間も経ってしまいました。
というのも、キッズラインさんの「ベビーシッター文化の無い日本に、ベビーシッター文化を広げよう」という理念には、とても共感するところがあったからです。
また、経営者の経沢香保子さんとはTV等でも共演したことがあり、保守的な保育サービス業界の中、一生懸命新しい事業を立ち上げられようという姿勢には同じ起業家の立場として、親近感も持っていたためです。
きっとほとんどの登録シッターさんは素晴らしい方々なのだと思います。
ですが、ここでちゃんと自戒も込めて指摘しておかないと「子ども達の命に関わってしまう」と思い、苦しいながらもこうして筆を取っています。
シッターズネットによる子どもの殺人被害
「命に関わる」と言いました。
実は、6年前にベビーシッターが、シッターマッチングサイトを使って、ひとり親の2歳の子どもを殺してしまう、という事件がありました。(シッターズネット事件:当時の事件解説記事は 「ベビーシッター宅での2歳児死亡事件についての解説 」)
ベビーシッターマッチングサイトは、単に利用者と登録したシッターを繋ぐだけで、保育者の質の管理等は行っていませんでした。それによって、子どもの命が奪われる悲劇が起きたのでした。
今回、このあってはならなかった悲劇が脳裏をよぎりました。シッターズネットの悲劇を、2度と繰り返してはいけない、と思ったのです。
マッチングサービスの構造的問題
なぜこのような事件が起こってしまうのでしょうか?
その大きな要因は、(保育者と保育の)質の管理に責任を負わないシステムにあると言えます。
今回の容疑者が登録していた「キッズライン」の場合、HPによると2~3時間の無料登録説明会と面談を行った後、2時間くらいの実地研修を行うだけで仕事を開始できてしまいます。
(ちなみにフローレンスでは面接の後、2ヶ月ほどかけて座学・実地研修を行ってからデビューしてもらい、その後も巡回・継続研修等を行うことで質の管理を行っています。)
これはキッズラインが「選定や研修の能力が無い」ということではありません。マッチングというビジネスモデルが抱えている問題なのです。
「数時間でお仕事を開始できる」という簡易なシッター登録の仕組みは、シッター供給を増し、利用者にとっては選択肢を増やしていきます。
さらには、応募者をじっくり選定し、研修し、かつ継続的に質の管理をする、というコストをかけずに済みます。それによって単価を安くすることができるので、利用者の集客にはプラスです。
供給と需要の双方のハードルを下げ、規模を拡大しやすくしていくのが、マッチングビジネスの強みなのです。
こうしたマッチングサービスのビジネスモデルの構造上、簡易で「軽い」質の管理システムを採用しているのだと考えられます。
マッチングサービスの仕組みと責任
なぜキッズラインのようなCtoCのシッターマッチングサービスが、そうしたビジネスモデルを採用することになったのか。
そもそも日本のベビーシッターが広がっていない大きな理由の1つは、その利用料金の高さにありました。
諸外国と違って安価な移民等のいない日本では、通常時給(相場として1000円〜1500円)をシッター会社からシッターに払います。
それに人材の選定コスト、研修コスト、安全管理コスト等が乗っかるので、どうしても利用料金は1時間1500円〜2000円超と高くなってしまうのです。
キッズラインは「あくまで利用者とシッター同士がプラットフォーム上で自己責任の上でマッチングし合う」という形を取ることによって、質の管理責任を免れることで安価にサービス提供できることが強みとなり、大きくシェアを伸ばしました。
しかしそれではやはり質とのトレードオフとなります。通常のシェアリングサービスならばそれも自己責任ですが、シッターサービスの場合、子どもの命がかかってしまうため、やはり倫理上、質の管理の責任をプラットフォーム側は負うべきではないかと思います。
責任と補助金(国民の税金)はセット
キッズラインを含め、ベビーシッターマッチングサービス事業者は、例えプラットフォーム提供であっても、十分なコストをかけて質の管理の責任を負って頂きたいと切にお願いしたいと思います。
特に、国民の税金が投入される補助対象事業者(内閣府のベビーシッター派遣事業における割引券等取扱事業者)であれば、公金を受けた存在としての社会的責任からは免れ得ないのではないかと思います。
そして内閣府は、キッズラインに限らず、今後十分な質の管理責任を果たさない事業者が出てきた場合、指定から外し、事業者の安全性を担保する仕組みを検討すべきではないでしょうか。
性犯罪者をキックアウトできる方法
とはいえ、キッズライン等のベビーシッターマッチングサービス事業者の自助努力だけでは、完全に性犯罪者をキックアウトできないのも事実です。
というのも、民間事業者は応募してきたシッターの前科・前歴については、自己申告を信じるか、インターネットで氏名を検索し、事件容疑者としてヒットしないか確認することしかできないためです。
(キッズラインのリリース※3において、「(4)過去の犯罪歴などの経歴チェック」を行っていると書いてありますが、これは上記のように自己申告確認かネット検索以外には厳密にはできないので、あまり正確な記述ではありません。)
性犯罪者を保育サービスからキックアウトし、子どもたちを守るために必要なこと。それは、以前から主張しているとおり(「小児性犯罪を減らす、重要な1つの方法とは」参照)、子どもに直接関わる保育士やベビーシッターなどの採用時に、犯罪歴をチェックする仕組みを導入することです。
例えば、イギリスでは、子どもと直接関わる保育士やベビーシッターなどとして働くためには、DBS(Disclosure and Barring Service)という政府部局が発行する犯罪歴証明書が必要です※4。雇用者である保育所やベビーシッター事業者は、この証明書により、性犯罪などの犯罪歴がないかチェックした上で採用することができるのです。
さらに、シッター宅で子どもを預かる場合は、シッターの家族の犯罪歴証明書も必要となる徹底ぶり。
どうしてここまで徹底するかというと、イギリスで1980年代にシッターが預かった子どもが亡くなるという痛ましい事故や事件が起きたという事情もあるようです※5。
こうした仕組みは、イギリスの他にアメリカ、カナダ、オーストラリア、韓国にも存在するようです※6。
実は日本でも性犯罪歴チェックの仕組みはある
日本にこのような仕組みが存在しないのは大問題!ですが、日本にも参考になりそうな制度はあります。
児童福祉法に基づく養育里親及び養子縁組里親の登録制度です。児童福祉法では、欠格事由に該当する者(禁錮以上の刑に処せられた者、児童買春・児童虐待を行った者等)は里親になれないこととしています。
都道府県等は、里親の登録にあたり、里親希望者が欠格事由に該当しないことを宣誓書により確認した上で、当該里親希望者の本籍地の市町村に対して、犯歴情報の照会を行うこととしています※7。
里親や養親の登録ではできるんです。だったら保育士、シッターでそれができないことは無いと思うのです。
保育・教育の場から、性犯罪者をキックアウトする仕組みをつくって
これからのwithコロナ時代、集合型保育を行う保育所等での保育は難しくなるため、個別保育のベビーシッターの需要はますます高まるでしょう。
その需要に応えるべく、国や自治体によるベビーシッター利用補助制度は充実しつつありますが、政府は、海外の犯罪歴証明制度や日本の里親登録制度などを参考に、シッター等保育者の性犯罪歴チェックの仕組みも整えるべきです。
また、シッターだけでなく、通常の保育園や学校でも、現在では何度も性犯罪を犯した人が、保育士や教員として勤めることができる状況になっています。性犯罪者の方の更生機会の提供ももちろん重要ですが、何も子どもに関わる仕事である必要は無いはずです。
プライバシーの問題もありますが、社会的には子どもの人権と命を優先させるべきだと思います。
政治家、行政関係者におかれましたは、子どもたちを性犯罪から守るため、早急に動いていただけたらと思います。
以上、同業者として本事件に触れるのはとても胸が痛く、できればこんなことは起きてほしくなく、また苦言を呈したくもなかったのですが、これを機にしっかりとした制度ができ、子ども達の安全が図られることを心より願っています。
※1 内閣府「企業主導型ベビーシッター利用者支援事業における「ベビーシッター派遣事業」の令和2年度の取扱いについて」
※2 AERA dot.「シッターアプリ大手「キッズライン」で起きた ベビーシッター男児強制わいせつ事件の全容」(一部加工)
※3 シッターアプリ大手「キッズライン」で起きた ベビーシッター男児強制わいせつ事件の全容
※4 GOV.UK「DBS checks for childminders and childcare workers」
※5 atプラスweb「【対談】日本の保育はイギリスに学べ!?〔前篇〕 トニー・ブレアの幼児教育改革について ブレイディみかこ×猪熊弘子」
※6 JRIレビュー 2015 Vol.9, No.28 「保育士不足を考える ─幼児期の教育・保育の提供を担う人材供給の在り方─」調査部 主任研究員 池本 美香
※7 厚生労働省子ども家庭局家庭福祉課長「里親の登録業務の適正な実施について」(平成 30 年3月9日)
編集部より:この記事は、認定NPO法人フローレンス代表理事、駒崎弘樹氏のブログ 2020年5月12日の投稿を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は駒崎弘樹BLOGをご覧ください。