新型コロナ「ベルガモの衝撃」を乗り越えて

イタリア北部ロンバルディア州のベルガモ市で中国武漢市で発生した新型コロナウイルスの感染が広がり、連日多数の市民が死亡したニュースは欧州の新型コロナ感染初期を考える時、最も衝撃的なものだった。多くの死者を病院から埋葬地に運ぶために霊柩車では足らず、軍が動員されて運ばれる写真は強烈なインパクトをイタリア国民だけではなく、欧州人に与えた。新型コロナへの恐怖は発生地・武漢市の都市封鎖の状況からもたらされたというより、ベルガモからのニュースによって、その後の欧州人の胸深くに刻み込まれていったのではないか。

▲「イタリア北部ロンバルディア州で新型肺炎の感染者が多いのはなぜか」を報じるオーストリア代表紙プレッセ3月24日

▲「イタリア北部ロンバルディア州で新型肺炎の感染者が多いのはなぜか」を報じるオーストリア代表紙プレッセ3月24日

21世紀の現代、人間がこんなにも脆く、死んでいくのか信じられなかった。だから、欧州人は忘れていたフランスのアルベール・カミュの小説「ペスト」を本棚から取り出して読み、「スペイン風邪」の状況をフォローした専門書がベストセラーとなったのはある意味で当然の流れだった。なぜならば、科学・医療技術が発達し、日常生活では「死」は次第に身近には感じられなくなり遠ざかっていくといった思いさえ出てきていた21世紀に、「どうして、あんなにも多くの人が次から次へと死んでいくのか」といった呟きが至る所で聞かれた。ジークムント・フロイト(1856~1939年)は愛娘ソフィーをスペイン風邪で亡くしたが、その時の体験、苦悩を後日、「運命の、意味のない野蛮な行為」と評したが、同じ思いを多くの欧州人がもったはずだ。

イタリア北部に隣接するオーストリアのクルツ首相がいち早く対イタリア国境を閉鎖したのは、同首相が若く、行動力があったからだけではないだろう。チロル州から遠くないベルガモ市から伝わってくる衝撃的なシーンが33歳の首相をして国境閉鎖へと駆り立てたのではないか。

「ベルガモの衝撃」とは、人間にとって「死」は決して遠いところに漠然と存在するのではなく、身近に潜んでいて、チャンスがあればいつでも襲撃できるように待ち構えている、といった21世紀の現代人にとっては忘れかかっていた「死」への原始的恐怖ともいえるだろう。

新型コロナウイルスは発生地・中国武漢市から、欧州に飛び、イタリア、スペイン、フランス、ベルギー、ドイツなどに広がり、それが米国と英国に飛び、米国では世界最大の感染者が出ている。感染者から検出されたウイルスのゲノム分析から、ウイルスの伝染経路を反映した塩基配列が見つかる。その結果、アジア系、欧州系、米国系に分類できるという。最も猛威を振っているのは欧州系だが、どうしてかは、ウイルス専門家の今後の研究を待たなければならないだろう。

日本の場合はアジア系(中国発)、そして欧州系が見つかっているという。ベルガモのことを思い出すと、中国に近い日本の新型コロナの感染数、死者数が少ないという事実は驚きであり、希望だ。韓国の大規模なPCR検査(ドライブスルー方式)による感染対策は世界で評価されているが、日本は統計的にはそれに負けない数字が出ている。都市封鎖、規制強化の結果というより、日本民族の特異性、結核予防ワクチンBCG接種、社会的免疫効果など様々な要因が挙げられている。

新型コロナ対策で韓国の対応が評価され、日本の対応について余り評価する声が聞かれないのはそれなりの理由はある。韓国の新型コロナ対策は徹底したPCR検査の実施だ。他の国も同じように実行できる。普遍的対応だから、世界は理解しやすく、注目を集めることにもなる。

一方、日本の場合、PCR検査数は少ないが、感染者数は人口比で比べても少ないうえ、死者数は極端に少ない。どうしても日本人の特異性に大きな原因があるのではないか、といった声が出てくる。死者数の少ない主因が日本民族の特異性、社会的環境にあるとすれば、他の国は日本式対応を利用できない。それだけではない。ウイルス検査数が少ないことを理由に、日本の死者数に対し、疑いや憶測すら報じられる結果となっている。

メディアの責任も大きい。新型コロナ問題で死者数が少ないということは本来、最も重要な点だ。日本は人口比で死者数が少ない国に入る。新型コロナ感染に不安を持つ人々にとって、PCR検査件数より、死者数が少ないほうが本来、希望を感じるはずだ。しかし、PCR検査数の重要さが極度に強調され、死者数が少ないという事実がメディアで恣意的に看過されているのを感じる。

いずれにしても、アジアの日韓両国が新型コロナ対策で世界に貢献できれば幸いだ。韓国は新型コロナ対策で普遍的な対応を提示し、日本は特異的な要因かもしれないが、新型コロナに負けない民族が存在するという地球的希望を与えることができる。

治療薬、ワクチンが出来るまで、日本が現在の水準をキープできれば、「ベルガモの衝撃」を目撃してきた欧州人の心的外傷後ストレス障害(PTSD)を癒すことができる民族として、日本はグローバルな評価を受けるのではないか。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2020年5月13日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。