国民の関心を一手に集め、自分にスポットライトを当てる方法として戦争は昔からある一つの戦略であります。ブッシュ大統領(当時)の支持率が2001年の同時テロで一時的に90%に跳ね上がったのも国民に一体感ができたからです。
古くは30年代の大不況を経て、第二次世界大戦へと向かっていく流れの中で時の大統領、ルースベルトの国民操縦術は巧みであったと思います。ベクトルが一つになる、そしてそれを引っ張っていくのは「俺だ!」という一種のプロパガンダは今も昔も変わらないといえるのでしょう。
トランプ大統領はコロナとの戦いに関し自らを「戦時大統領」という位置づけでハリウッドのSF映画の主役のごとく、指揮官としてのふるまいをしています。最近、トランプ大統領へのあからさまな批判が少ないように感じるのはコロナと戦う医療関係者が主役であり、大統領の発言にいちいち講釈を垂れるのすら面倒だという感じも無きにしも非ずです。(つまり心地よくない発言はスルーするということをアメリカのメディアは覚えたのでしょうか?)
また、従来から敵対視している中国についてはより明白なポジションを打ち出してきています。FOXとのインタビューに応じたトランプ大統領が習近平氏に関して「(いい人なのだが)今は話したくない」と述べています。その背景は11月に迫る大統領選において中国は対抗馬であるジョー バイデン氏を推し、トランプ氏を落選させようとしているからだと発言しています。中国へのコロナに関する情報の隠ぺいで6万人のアメリカ人が死んだ、これはベトナム戦争より多い数だという論理も展開しています。
トランプ氏を焦らせる兆候は世論調査にもあるのでしょう。最新のニューハンプシャー州の世論調査ではバイデン氏50%、トランプ氏42%と出ておりますが、アナリストはトランプ氏が好きかどうかといった個人的イメージが世論調査の支持率に直接反映しているとしており、トランプ氏としては戦略的打開策を図らないと窮地に立つということかと思います。
更に「中国と『完全に断交することが可能か、断交した場合に何が起きるか』思案していると述べ、『5000億ドル(約53兆5000億円)を節約できるだろう』との見方を示した」(ブルームバーグ)とあります。
私は年初からトランプ氏について再選は厳しいのではないか、と申し上げておりました。確かにアメリカらしい指導者ではありますが、アメリカの中に何か、白けている感が漂っているようにもみえるのです。表現は悪いのですが、「コロナもトランプも今は辛抱の時。時間がたてば解決するさ」という感じでしょうか?
トランプ氏の従前からのやり方である喧嘩を売る手法、You’re fired! の表現にみられる強権的なスタイルは世界の指導者の潮流としては逆行するものがあります。アメリカの主要都市圏、特に西海岸とニューヨークなど様々な階層の被雇用者が集まる地域の一般的なアメリカ人は民主党派が上回ります。更に非白人層だけでなく、いわゆる知識層、インテリにもリベラル派が多いことは事実です。
私は今回の大統領選に関してトランプ氏自身の信任選挙のようなものだと申し上げました。その信任選挙においてコロナへの対応対策はアメリカ国民が非常にシビアに審査する機会を与えました。個人的にはWHOへの資金拠出停止発表はタイミングが悪く、「知的戦略性」を感じませんでした。WHOは解体的出直しをすべきである点は強く同意するのですが、手術中の執刀医にお前はクビだというようなもので、せめてひと山去るまでは待つべきだったのではないかと思います。
中国への攻め方もやや稚拙さを感じます。表面的なダメージだけでは中国は余計に強くなっています。アメリカ製のモノやサービスがなくても自前で調達する能力は確実に上がってきています。デカップリングはアメリカの首を絞めることになりかねません。
そういう点からはトランプ氏のコロナ戦争と対中国への様々な喧嘩は予期しにくいことになる可能性があります。一番最初に述べたように「戦時」=「国民のベクトル合致」=「政権への強い支持」というシナリオがほとんど成立していないことからもご理解いただけると思います。ただし、これだけのバラマキをした以上、強い経済を取り戻さないとアメリカ経済が維持できないのも事実です。仮に民主党にバトンを渡せば財政が改善する可能性はもっと低くなるわけでトランプ氏が「ほら見たことか」とほくそ笑む姿すら想像できます。基本的にはトランプ氏の再選が望ましいとは思っていますが、その行方には霧がかかっているように思えます。
では今日はこのぐらいで。
編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2020年5月15日の記事より転載させていただきました。