新型コロナ感染世界2位でも、なぜロシアが経済再開できるのか

鈴木 衛士

ロシアにおける新型コロナウイルスの感染拡大が止まらず、5月に入ってからは新規感染者が1日当たり1万人を超えるペースで推移し、とうとう12日には総数が23万人を超えて米国に次いで世界で2番目に感染者が多い国となった。

3月下旬、コロナ患者対応の医療施設の視察で防護服を着用するプーチン氏(大統領府サイトより)

5月までの状況

ロシアは、3月中頃までは新型コロナウイルスの感染者は100人以下で死者もなく、その影響は極めて小さいとしていたが、実際はすでにこの頃から感染の拡大は始まっていたものと思われる。しかし、都合の悪いことは極力隠ぺいするという(旧ソ連時代からの)ロシア特有の官僚体質や、5月9日に75周年にあたる大規模な対独戦勝記念行事を控えていたことなどから、関係機関や自治体などが感染拡大の正確な情報を発信していなかったものと考えられる。

これは、ロシア人のジャーナリストなどが指摘していたことでもあった。しかし、4月に入って首都モスクワを中心にオーバーシュート(爆発的患者急増)が発生するに至り、もはや隠し切れなくなって一挙にこれらの情報が発信され始め、その実態が明らかになってきたのである。

プーチン大統領は、恐らく3月の下旬にはすでにオーバーシュートの可能性がある感染拡大の実態を認識していたものと思われ、3月25日にはこれを食い止めるため、3月28日から4月5日までを休日に指定して市民に外出制限を促し、4月2日にはこの特別休日を4月30日まで延長することを決定した。

4月中旬、外出制限中のモスクワ(SiergiejeviczFollow/flickr)

これは、公的機関、医療機関や薬局、生活必需品を売る商店などを除いて、全企業を休業させるという徹底したものであった。

このような一斉休業やこれに並行したロックダウン(都市封鎖)の措置によっても感染の拡大は止まらず、感染者が1万8000人を突破し148人の死亡が確認された4月13日、プーチン大統領は、ミシュスチン首相を始めとする主要閣僚やソビャーニン・モスクワ市長を始めとする地方自治体の首長などとテレビ会議を開催した。

この際、普段は冷静なプーチン大統領がいら立ちを隠さず感情をあらわにして、「私は、ここ数週間が決定的な時期になると何度も言ってきた。時間を浪費するのは『犯罪的な職務怠慢』だ。正確なデータとそれに基づいた客観的な予測を行え。それは、中期的なものとか長期的なものとかだけじゃなく、この3日間、7日間、10日間の予測だ。それを毎日私に報告しろ」などと、厳しく指示を飛ばした。

しかし、モスクワを中心に発生したオーバーシュートによって、この4日後の17日には感染者が3万人を超えて死者も273人と倍増し、さらに4月末には感染者が10万人を突破した。

5月以降の推移

それでも、プーチン大統領は5月9日の戦勝記念行事は予定通り実施するとして、これには約1万5000人の将兵らが参加してパレードする計画であった。

戦勝75周年の飛行パレード(ロシア大統領府サイトより)

ところが、この行事に参加する士官候補生や兵士らの間でクラスター(集団感染)が発生し、3000人近い将兵らが感染して大幅な規模の縮小を余儀なくされた。

この行事の直前になって、プーチン大統領が報道機関などに対してロシア軍の将兵に関わる感染状態の調査を禁止したため、現在まで軍における感染の実態は不明である。

そして、冒頭で述べたように5月に入ってますます感染拡大の勢いは止まらず、12日には米国に次いで世界で2番目の感染者数を記録し、14日の時点で感染者総数は25万人を超えたのである。

このような感染者の激増ぶりにもかかわらず、プーチン大統領は11日、「ロシア全土とすべての経済部門について、非労働期間を終了する」と発表し、12日からロックダウンを解除して経済活動を再開することを決定した。一方で、これら措置緩和に関する具体的な決定については、地域の首長にその権限を委ねることとした。

これは、新型コロナに加え、ロシア経済を支えてきた原油市場の価格急落というダブルパンチを受けて深刻な経済の低迷が予想される中、経済活動の制限が長期化すれば経済や国民生活へのさらなる打撃は避けられなくなり、政治的求心力が低下して(自身の終身大統領制につながる)憲法改正に影響が及ぶ可能性を恐れたからだと考えられる。

プーチン大統領の賭け

しかし、それにしても世界第2位まで激増したこのような感染拡大が続いている状況の中で、経済活動を再開するのはあまりにも無謀なように見受けられる。実は、プーチン大統領がこのようなリスクの高い賭けを決断した背景には、新型コロナウイルスの感染による「死者の少なさ」がある。

ロシア大統領府サイトより

5月14日現在、ロシアの感染者は252,245人でこれによる死者は2,305人と報告されている。例えば、同日正午現在の数値で米国は、感染者1.389,935人で死者は84,106人。英国は、同229,705人で同33,186人。スペインは、同228,691人で同27,104人。イタリアは、同222,104人で同31,106人である。

これらを見れば歴然であるが、ロシアのコロナウイルスによる死者は世界で5位以内に入る感染者を記録した国と比較すると、けた違いに少ないのである。

これは、ロシアがコロナウイルスによる死者数を過少報告していることによるという指摘がある。その実態は、病理学者によって「直接の死因が新型コロナウイルスによるもの」と断定した死者のみカウントしていることによるというものであり、ロシア保健相もこれを認めて、「これは過少報告には当たらない」と述べている。

ちなみに、4月のモスクワにおける新型コロナウイルスによる死者は639人と報告されているが、同保健省によると「別の病気が直接の死因」とされている新型コロナウイルス陽性者の死者は約1600人いたとしている。つまり、約2.5倍の陽性患者による死者がいたということになる。

これから類推すると、5月14日現在のロシアにおける新型コロナウイルス感染者の死者は2305人×2.5≒5762人となるが、これでもかなり少ない状況にある。この(推定陽性者)死者数で見ても、感染者7万人そこそこのカナダの死者数より少し多い程度に過ぎない。

やはりBCG接種の効果か

これらを考えると、最近よく言われているBCG接種の影響を考えるのが妥当であるような気がする。特に、日本とロシアのBCGワクチンの「菌株」には、共通してメトキシミコール酸が含まれており、これが新型コロナウイルスに対して有効に作用するという、14日付のアゴラ編集部の高橋大樹氏の記事「BCGは対コロナの免疫機能をどう活性化するか?専門家に聞いた」の説に十分納得してしまうのである。

今回、制限を解除して経済活動を再開し始めたわが国やこのロシアが、しばらくは新型コロナウイルスと共存しながらも距離をとって経済活動を推進し、最終的にこのウイルスの収束につなげていくことができれば、これはこのBCGワクチンが影響をもたらしたものと考えて良いのではないだろうか。今後、さらに研究が進んでこれが裏付けられることを期待している。