「炎上覚悟で言うけど」のツイートをする人が信用されない理由

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こんにちは!黒坂岳央(くろさかたけを)です。
※Twitterアカウントはこちら→@takeokurosaka

「炎上覚悟で言うけど」の前置きツイートをする人は総じてショボいと感じている。たまに「おいおい、そんなクッソやべえこと言っちゃって大丈夫なの?w」というガチ覚悟をもった発言もあるけど、大半は違う。発言する本人は絶対炎上しないことをわかっていて、そう発言している。つまりは覚悟なき覚悟宣言だ。

お、別にバカにする意図があってのものじゃないぞ。「周囲の信用を失うから、止めた方がいいのでは?」という老婆心によるものだ。別に攻撃的なつもりはない。個人的なオピニオンなんて勝手に語っていく。

人は本音を求めている

リアルとネットでは人が変わる人は少なくない。よくあるのが「ネットではギャンギャン噛み付いたり、反社的なことを言うので捕まえてみたら、リアルではメチャ大人しい人だった」というパターンね。ジッサイ、これはあるある。

ネットでは超強気で怖い印象の著名な人とリアルで会ったら、メチャ穏やかでフレンドリーなのでビックリ!という体験は一度や二度ではない。人はいかにリアルでは本音を隠して生きているか、っつー話の現れだと思う。オレもリアルだと面倒事避けるために、ひっそり生きてる。

ああ、ネットではこんなエラそうなことを言っている自分も、人のこと言えない。オレはネットで記事を書き始めた時はぶっちゃけハンパなくビビってた。クレームが来ないか?とか炎上しないか?とか何回も読み直してから記事投稿していたし、燃えないテーマばかり選んで書いてた。

「意見がわかれそうなオピニオンとか絶対ムリ!」と思っていた時期があった。文体も紳士のように丁寧に語り、意見にも予防線張りまくり、絶対理屈の穴がないように細心の注意を払うようにしていた。

けど、悟った。人はオブラートに包んだ物言いなんて求めていないのだと。資本力とブランドイメージをカネで勝負できる大企業はそれでいいかもいしれない。だけど個人で発信していく世界に身をおいたからには、

・他人にマネできない専門性を持っていること

・市場が大きく、簡単に専門家が飽和しない分野

これができなければ、他人がやりたがらないこと、すなわちときには炎上するような本音をぶつけることも必要だという話だ。個人で発信していくなら人は本音を求めている。本音をぶつけて、シロクロわかれる話題を語っていくなら絶対に反対意見が出てくるから、当然覚悟が必要となる。

「炎上覚悟」には全く覚悟が足らない

Twitterを巡回していると、「炎上覚悟でいう」というツイートが多く見られる。「おおっ、マジかどんなアツい本音を聞かせてくれるんだ?」とワクワクしてみるけど、実際にはまったく炎上しないことしか言わないのが大半だ。毎回、それを見るたび軽い失望を覚える。炎上覚悟なら、信者とヘイトが同時に大量発生するくらいの勢いがほしいと個人的に感じてしまうのだ。

「テメエなんてしょせん無名の凡人じゃねえかw」と言われそうだ。確かに自分は無名だ。けど、一応炎上の経験はあるので語らせてくれ。ああ、オレはこれまで何度かガチ炎上を起こしたことがある。

面倒なクソリプをブロックする作業がダルいので、炎上したネタを掘り起こして晒すことはしないけど、自分の発言のまとめサイト記事をあちこちで作られ、4桁ものヘイトコメントが付くことが過去に何回かあった。呪いの手紙、怒りのFAX、ブチ切れたメール、電話で罵詈雑言も一通り経験した。

呪いの手紙を受け取った時は「クレームをはがきで出す女子大生っているんだな」と驚いたものだ。でも自分が炎上させた時は「炎上する覚悟」なんて1ミリも持ってなかった。仲のいい友達に話すノリで「これってさ、めっさこうじゃね?」って自分の頭の中を語ったらハイパー炎上したという感じだ。

…まあ、自分は異国の地でひっそり暮らしているんで、友達一人もいないから「友達に話すノリ」ってのはもう忘れたけどなw

話がそれた。とりま数回程度は意図しないガチ炎上を経験した自分からすると「炎上覚悟で」という人のほとんどはぶっちゃけビビってると思う。そりゃあ炎上は嫌なのはわかる。自分もあんまり経験したいと思わない。好き好んでわざわざ嫌われたい人なんてドM体質は少数派だろう。オレもどちらかといえばMじゃない。

けど、「炎上覚悟で」と前置きするなら、それなりに覚悟を見せてくれっておもってしまう。

ちなみに「炎上」というのはコンビニのアイスケースに入るとか、反社会的なことをする必要はない。そこは勘違いしないでくれ。「多くの人の意見が50:50で分かれそうな話題に本音ぶつける」、こんな手軽なことだけで、運次第で誰でもハイパー燃える可能性ある。自分はそれで過去に数回燃えた。

だから「この意見なら9割くらい共感してくれそう」ってわかっていながら「炎上覚悟で言う」と語られても「いや、それまごうことなき不燃物ですやんw」としか思わないんだよな。

周囲は「炎上覚悟マン」に内心冷めている

人は強さに惹かれる。サルだってボス猿に強さを求めている。うちら現代人もしょせんはスーツ着て道具の使い方知ってるエテ公に過ぎないんで、本質的に強い人に惹かれるのはまあ分かる。

だから「炎上覚悟で」と前置きをしているのに炎上の覚悟が感じられない発言をされた日には、「あ、この人日和ったな」と弱さを感じるわけよ。もちろん、決して声には出さないけど、「この人いつも想定内のことしか言わないな」という相手に強さは感じない。

「この人についていきたい」という求心力はひとえに強さによるものだろう。「強さ」とは周囲の声に負けない求道的で、自分の信条を堅持する姿勢から感じられるものだ。それなのに炎上にビビったような印象を与える発言をするなら、「炎上覚悟で」なんて言わないほうがマシなのではないかと思ってしまう。

「炎上覚悟」というなら、周囲の冷笑を誘わないためにも本気の本音をいったほうがいいとおもう。それができないなら、「存在しない覚悟」なんて見せないほうが良さそうだと思っちゃう。まあ個人意見なんで好きにしてくれればいいよ。

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ビジネスジャーナリスト
シカゴの大学へ留学し会計学を学ぶ。大学卒業後、ブルームバーグLP、セブン&アイ、コカ・コーラボトラーズジャパン勤務を経て独立。フルーツギフトのビジネスに乗り出し、「高級フルーツギフト水菓子 肥後庵」を運営。経営者や医師などエグゼクティブの顧客にも利用されている。本業の傍ら、ビジネスジャーナリストとしても情報発信中。