君子を目指す

会社経営と一口に言っても、その組織には技術部もあれば管理部もあり、その管理部の中には経理や財務、法務や人事もあるといった具合に様々な要素で構成されており、実際に組織を一纏めにして運営をするのは大仕事です。また、何を以てスペシャリストとし何を以てジェネラリストとするかも、非常に不明瞭な話です。それ故、ジェネラリストだとかスペシャリストだとかは余り拘らなくて良く、私としては寧ろ拘るべきでもないと考えます。

例えば「プロ経営者」とも称される松本晃さん(元カルビー会長兼CEO)などは、社長は「エキスパートではなく、ゼネラリストでいい」とされ、「社長になるための13科目」というのを挙げられています。そして中でも「経理・法律・英語」の3科目が特に重要で、他の10科目(人事・総務・マーケティング・情報技術・財務・製造・営業・品質・プレゼンテーション・一般教養)は「基本的な知識だけ押さえておけばいい」と言われているようです。

『論語』の「子路第十三の二十五」に、「其の人を使うに及びては、之を器(うつわ)にす…上手に能力を引き出して、適材適所で使う」という孔子のがあります。拙著『仕事の迷いにはすべて「論語」が答えてくれる』(朝日新聞出版)では「君子は器ではなく、器を使うのが君子だ」と述べましたが、先ず社長はリーダーですから全体を上手く持って行くために「之を器にす」という心掛けが必要です。

その上で経理や法律、英語といった類は夫々、自分がちょこっと勉強した位では及ばぬ専門家が必要なのです。私自身は、彼等彼女等の専門性を使えば良いだけのことではないかと考えます。英語を例に述べるならば通訳を雇えば済む話ですし、現代はPOCKETALK (ポケトーク)のような物まであるわけです。こうした利器の精度は既に結構なレベルで、時の経過に従って更に高まって行くと思われます。

そういうことを考えると、上記3科目につき勿論ある程度の知識を身に付けた方がベターでしょうが、少なくともリーダー足る者の本質的な要素ではありません。それよりも寧ろ人間力や判断力を中心とする知力が大切です。拙著『君子を目指せ小人になるな』(致知出版社)でも挙げた次の「私が考える君子の六つの条件」こそが、指導者の条件であり社長の条件だと私は思っています―――①徳性を高める/②私利私欲を捨て、道義を重んじる/③常に人を愛し、人を敬する心を持つ/④信を貫き、行動を重んじる/⑤世のため人のために大きな志を抱く/⑥世の毀誉褒貶を意に介さず、不断の努力を続ける。

私自身、此の六つの条件に反するような行いをしていないかと何時も反省しながら、一歩でも君子に近づけるよう真摯に努力し、日々研鑽を積み重ねているつもりです。簡単に君子になれるわけではありませんから、努力し続けるしかないのです。そして自らの人間性を磨き高めて行くべく何事にあっても、全て自分の責任だという覚悟を持つと共に、主体性についても常に明確に意識してやって行くことが大切です。人間力を高めそれを基礎として、様々な事柄の中で事上磨錬して行くのです。勿論、一生かかっても君子にはなれないかもしれません。しかしそれでも君子を目指す、その気持ちを持ち続けることが大事だと思うのです。


編集部より:この記事は、北尾吉孝氏のブログ「北尾吉孝日記」2020年5月21日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方はこちらをご覧ください。