新型コロナがEUを変貌させつつある

有地 浩

新型コロナ危機からの復興について共同記者会見をするマクロン仏大統領とメルケル独首相(仏大統領府サイト)

フランスのマクロン大統領とドイツのメルケル首相は18日、ビデオ会談の後、新型コロナによる経済的ダメージからの復興を支援するため5000億ユーロ(約59兆円)の基金を作ることで合意したと発表した。

今回の提案は、これまで裕福な加盟国から余裕のない加盟国(あるいは大きな財政赤字を持つ加盟国と言った方が適当かも知れない)への財政支援を頑なに拒んできたEUがそのルールを変える、小さいけれども新しい重大な一歩を踏み出すものだ。

今回コアとなる部分は、欧州委員会がEUのために債券を発行して資金を調達し、それを新型コロナで大きな被害を受けた国に融資でなく無償で交付するところだ。

これまでイタリアやスペインなど大きな財政赤字を抱える国々は、今回提案されたようなEU共同債(コロナ債とも呼ばれる)を使った無償資金交付によって新型コロナ対策をすることを要求してきたが、加盟国の財政規律の維持を重視するオランダ、ドイツ、オーストリア、スウェーデンなどは、無償の資金交付ではなく融資で対応すべきと主張してイタリアなどの要求を拒否し続けて来た。

4月9日のユーロ圏財務大臣会合では、新型コロナショックの被害を受けた国に対して総額5400億ユーロ(約64兆円)の支援措置が合意されたが、内容的には全て融資にすぎなかった。その中心となるのは欧州安定化メカニズム(ESM)を使った2400億ユーロ(約28兆円)の特別与信枠の設定で、これは使途に制限があるほか、各加盟国の融資枠もGDPの2%までと決められているため、あまり使いでのないものだ。

このため、この支援措置が発表された後も信用度の高いドイツ国債と信用度の低いイタリア国債の利回りの差は縮まらず、4月21日には10年物で260ベーシスポイント(2.6%)近くまで広がり、国際金融市場がEUの連帯に対して懐疑的になっている状況がはっきりと表れた。

その後新型コロナの各国経済に与える影響が日々深刻になって行く中で仏独両国は、このままではEUの分裂・崩壊が現実のものとなるという危機感を深めた結果、EUを守るためには何でもやるという意気込みで今回の仏独共同提案を行ったのだ。

ここでの支援対象は、新型コロナでダメージを被った地域とセクターとなっているが、マクロン大統領とメルケル首相の本音を推測すると、彼らはイタリアを何とかして崩壊の崖っぷちから救いたいのだろう。

イタリア・コンテ首相(ツイッターより)

イタリアはEUではドイツ、フランスに次いで3番目に大きな経済規模の国であり、これがこけると即ユーロの崩壊、EUの分裂につながってしまう。これでは度々戦乱の場となった欧州に平和をもたらそうと第二次大戦後、歴代の独仏首脳が汗をかいてきたその努力が無に帰すことになる。

また、フランスとドイツにとって、イタリアは歴史的に政治および経済面で大変因縁の深い国であり、フランとドイツとしてはやはりイタリアを見捨てる訳にはいかない。

このあたりのことは、最近刊行された八幡和郎氏の著書「日本人のための英仏独三国志」が大変手際よく、わかりやすく書いてあるので、興味を持たれる方は一読されるとよい。

今後5月27日に予定されている欧州委員会では、財政強硬派の北欧諸国等の反対は予想されるものの、仏独の強力なイニシアティブで今回の共同提案を踏まえた、5000億ユーロの資金交付が実現すると見込まれるほか、別途50000億ユーロの融資枠もさらに設定されるものと予想されており、これで一旦はイタリア国債等をめぐる市場の荒波は収まるだろう。

しかし、新型コロナは企業倒産や失業の増加を通じて各国経済に予想以上のダメージを与えつつある一方、今回の基金が出来たとしても実際にそれが支出されるのは21年度予算からであり、スピード感にかけることは否めず、これで安心するのはまだ早い。

EUは、今回は仏独のイニシアティブで何とか結束を示すことが出来たが、まだまだ試練はこれからで、新型コロナでEUはさらに変貌せざるを得ないのではなかろうか。