5月25日、緊急事態宣言の終了が宣言された。安倍首相の記者会見の内容は良かったと思う。ただ、いつものように記者との質疑応答はまとまらないものだったので、報道される場合には、伝わっていかない部分もあるかもしれない。
世界に認められた「日本モデル」
安倍首相は、「日本モデルの力を示した」と宣言した。一国の首相である。これくらい言うのは良いと思う。「日本の感染症への対応は世界において卓越した模範である」とグテレス国連事務総長が述べたことを紹介したのも、良かっただろう。
日本の取り組みの批判者は、「日本のやり方は欧米と違う」を全ての判断基準にしている。「日本モデル」の批判者は、これからはまずグテレス事務総長を批判してから、日本を批判せよ、ということだろう。
専門家会議が言及するよりも早く「日本モデル」という言葉を使い始めた私としては、この展開を率直に嬉しく思っている。
5月17日~24日の全国の1週間の新規感染者数を1日あたりにしてみると、わずか27人である。緊急事態宣言が発出されたときの4月1日~7日の1週間の新規感染者数の平均が294人であったことを考えると、1割以下の水準にまで下がった。7日移動平均値がピークとなった4月11日を中央とする1週間での平均は542人なので、ピーク時と比較すると5%程度にすぎないところまで下がった。
東京を見てみると、この1週間の平均値は7.1人であり、4月1日~7日の平均値98人の水準の約7%である。ピーク時の4月11日を中央とする7日移動平均値の166.7人と比べると、わずか4%にすぎない。
同じように大阪も見てみたいが、この1週間の平均値は1.5人と極小値に近くなってきている。4月1日~7日の平均値33.8人の水準の約4%で、ピーク時の4月17日を中央とする7日移動平均値の65.7人の約2%だが、大阪では感染者数0人が複数出たりしている。こうなってくると、もはや統計的に有意な傾向を見るのは困難だ。吉村府知事が「大阪モデル」の数値目標を調整する必要があると述べているのは、当然だろう。0人が続出した後まで、この事態を想定していなかった数値基準に捉われすぎるのは、的外れである。
いずれにせよ、「日本モデル」の緊急事態宣言の取り組みは、劇的な減少という成功を収めて終わった。
貫いた「リスクをゼロにするのではなく、コントロールしていく」
安倍首相は、流行の収束はウイルスがゼロになったことを意味しない、と述べつつ、リスクをゼロにするのではなく、リスクをコントロールしていくという発想が必要になる、というメッセージを出した。これも明快かつ妥当なメッセージで、良かったと思う。マスコミは報道しないのかもしれないが。
残念ながら、いつものように記者との質疑応答は、的外れなものが多く、恐らく首相記者会見が報道される際には、あえて本質的でないところが切り取られたりするのだろう。残念である。
だがこの「リスクをゼロにするのではなく、コントロールしていく」という発想は、実は日本ではかなり初期の段階から「感染拡大防止策で、まずは流行の早期終息を目指しつつ、患者の増加のスピードを可能な限り抑制し、流行の規模を抑える」という表現で、意識的に目標とされていた姿勢だ。
新型コロナウイルス感染症対策の基本方針(令和2年2月25日 新型コロナウイルス感染症対策本部決定)
マスコミが違う話をしているだけで、一貫して「日本モデル」はこの方針をとってきたのである。
事情が複雑なのは、クラスター対策班の西浦博教授が、恐らくこうした日本政府の方針に不満であっため、「クーデター」とも描写されるやり方で、繰り返し政府方針と異なる見解をマスコミに強調してきたことだ。
「専門家のクーデター」西浦教授が明かす“42万人死亡試算”公表の真意(週刊文春4月30日号)
時には専門家会議の正式メンバーではない西浦教授が、専門家会議の記者会見で、座長や副座長の代わりに、断定的な見解を述べる、といった場面すら頻繁に見られた。それを面白く思ったマスコミが、政府方針や、専門家会議公式見解を飛び越えて、西浦教授のコメントを求めるようになった。
私は、「増減率の鈍化が見られる」と4月10日に書いていた。その5日後の4月15日、西浦教授は主要三大新聞社に一斉に「42万人死ぬ」の記事を掲載させた。5月1日、緊急事態宣言の延長が議論されていた重要な時期において、私は「ものすごい減少」が起こっていると描写していた。しかし、西浦教授は、専門家会議座長の言葉にすら反して、「期待したほどではない」と断じた。
西浦モデルでは、「42万死ぬ」リスクが、「人と人の接触の8割削減」によって劇的に1カ月で収束に転じていかなければならなかった。5月25日にようやく全国の一日あたり新規感染者数平均27人のレベルの減少などは、期待外れなものでしかないのだ。
西浦教授のようなラディカルな考え方は、「日本モデル」に反する。
幸運だったのは、吉村大阪府知事のリーダーシップにより、「大阪モデル」が注目され、「日本モデル」が「大阪モデル」によって牽引されたことだ。「大阪モデル」が全国に影響を与える形で、緊急事態宣言は終了した。「日本モデル」は吉村府知事によって救われた。
小池都知事が固執する「西浦モデル2.0」
残念ながら、小池東京都知事は、いまだ旧来の「西浦モデル」に固執している。小池都知事の「ロードマップ」は、「西浦モデル」達成への未練から、極めて要領を得ない内容になっている。
5月15日、東京都新型コロナウイルス感染症対策最新情報に小池都知事と出演した西浦教授は、6月1日に緊急事態宣言が解除され、「元の生活に戻ったら」、その2週間後から感染者数が激増し始め、7月10日頃には一日200人の新規感染者数を超え、さらに指数関数的に激増し続けると、断言口調で、予言した。
これはどうやら「西浦モデル2.0」のようである。この「西浦モデル2.0」は、依然として、従来からの「日本モデル」の政府方針に反している。
問題なのは、西浦教授が、しつこく「元の生活に戻ったら」という抽象概念と、「人と人との接触の2割削減」「3割削減」といった概念を用いていることだ。
しかし、安倍首相が言う「リスクをコントロールする発想」は、2割削減より3割削減がいい、6割削減より8割削減がいい、という全てを単純化された数理モデルに還元する発想の対極にあると言ってもいいものだ。それは、むしろ「西浦モデル」を拒絶することを求める発想だ。
「三密の回避」のような要領を得た感染拡大抑止策で、社会経済面での損失もなるべく抑える形で感染拡大予防策をとっていくことが、「リスクをコントロールする発想」だ。単純な接触機会の数値でなく、その接触のあり方を問うのが、「リスクをコントロールする発想」だ。この発想は、「西浦モデル」の否定の上に成立する。
西浦教授は、「2割削減」などの東京都で披露した概念を、どのように測定するつもりだろうか。かつては専門家会議の会見場で、長々と渋谷駅と難波駅の人の移動に関するデータを用いて、「8割削減」がなされていないことを主張したこともあった。
とすれば、「西浦モデル2.0」によれば、渋谷駅と難波駅の人の移動の減少が「2割」程度にとどまった場合には、3月下旬から4月中旬にかけての新規感染者数とほぼ変わらない増加が、6月中旬から開始されることになる。今後は、渋谷駅と難波駅の人の移動のデータを見ながら、「西浦モデル2.0」の検証も、随時行っていきたい。
学者なのにひたすら予言してばかりの「渋谷健司モデル」
なお4月初旬から「WHO事務局長上級顧問」(この肩書の正式な根拠をまだ誰も私に教えてくれない)という日本でのみ用いる肩書を引っさげて各種マスメディアで「日本は感染爆発の初期段階」「日本は手遅れ」「喫緊の感染爆発」と主張し続けていた産婦人科医の渋谷健司・株式会社No Border代表は、5月になってからは日本の感染爆発のピークはこれからだ、などと主張の内容を変えながら、なお頻繁にメディアに登場するだけでなく、54兆円全国民PCR検査プロジェクトを、推進している。
渋谷氏の最新の主張は、「第2波は必ず来る」である。
「感染第2波は不可避」 英専門家、過信に警告―日本は検査拡充を(時事通信)
…それにしても、4月初旬に日本は「手遅れ」だとメディアの寵児のようになって唱え続けていた主張は、いったいどこに行ったのか?
通常、学者というのは、検証や分析ばかりしていると揶揄されることが多い。これに対して、渋谷氏は、全く検証や分析をせず、ひたすら予言ばかりをしている。珍しい。本当に現役の学者なのか疑われるリスクが大きいだろうと思う。それを全く気にせず、54兆円プロジェクトの推進までやったりしているというのは、本当に学者離れしている。
「第2波」とは何だろうか。一日あたりの新規感染者数が少し増えた云々といったレベルのことを、渋谷氏ほどの経歴を持つ者が語ったりしているわけではないだろう。そもそも人の移動が戻れば、新規感染者数が増加する傾向が戻ってくるのは、安倍首相以下、日本人全員が知っている。論点にしているのは、「リスクのコントロール」だ。
渋谷氏は、4月初旬の日本の新規感染者数がピークの時期に、「初期段階」で「手遅れ」だと言っていたわけなので、「第1波」を上回る規模で襲ってくるものが、渋谷氏の言う「第2波」であろう。また、この「第2波」が1年後か10年後か100年後に来るかはわからない、という話では意味がないはずだから、「緊急事態宣言が終了したら第1波をはるかに上回る爆発的な第2波が来る」というのが、「渋谷健司モデル2.0」であろう。
コロナ危機は、政治学者も大きな関心を持つ大事件である。私も、緊急事態宣言後も、「日本モデル」の行方について、分析を試みていきたい。
その過程で、折に触れて、「西浦モデル2.0」とあわせて、「渋谷健司モデル2.0」の行方も、検証し続けていくことにする。