憂う香港は21世紀の火薬庫となるのか?

岡本 裕明

写真AC

開催中の中国の国会、全人代で香港国家安全法が提案され、このままでいけば28日の最終日に採択される気配が濃厚となっています。そうなれば今後、詰めの作業を経て、新法が香港で採択されるものと思われます。林鄭月娥長官は香港の安定のために歓迎すると述べており、月末ぐらいから香港は再び大荒れの状態になる可能性があります。

具体的には市民団体が主導する形で大規模デモを起こし、西側諸国がそれを支援する形になるとみています。中国側は昨年、香港の民主化運動に対して十分な対応が取れなかったことを反省し、今回の全人代での決議を踏まえ、強硬な対策を打ち出す可能性はありそうで昨年のデモ、コロナ禍で傷んだ香港が今後、更にどのようなことになるのか、極めて厳しい情勢が予想されます。

そもそも香港国家安全法とは何か、であります。香港は中国本土とは別の憲法ともいえる香港特別行政区基本法(香港基本法)に基づき、特別区としての運営をしています。この香港基本法に疑義が生じた場合の解釈については中国の全人代常務委員会が行うこととなっています。この委員会は今回の場合、4月26日から29日にかけて開催されており、全人代の大綱はここで決まっているといってよいでしょう。そして当然ながら香港基本法の解釈権を持つ全人代常務委員会が民主化の動きを抑え込むための対策も決議したものと思われます。

今回の問題は香港基本法の第23条の「国家安全法の制定」がキーであります。条文の粗訳は「香港特別行政区は、反逆行為を禁止し、国を分裂させ、反乱を扇動し、中央人民政府を覆し、国の秘密を盗み、外国の政治組織またはグループが香港特別行政区で政治活動を行うことを禁止する」とあります。また第22条に「香港特別行政区は、国の統一を損なう、または中央人民政府を破壊するいかなる行動も禁止するように立法化しなければならない」とあるのです。

つまり、香港は中国本土に逆らってはならず、そのためには国家安全法を定めることができるというわけです。ところがこれは極度の民主化への制限につながるばかりか、一国二制度が完全に葬り去られることになります。かつて何度もこの国家安全法の制定を試みたものの激しい反対で制定されたことはありません。そこで林鄭長官の発言、「今後、全人代常務委員会と共に、早期の立法完成に取り組んでいく。国家安全の維持という職責を果たして、香港が『一国二制度』の実施による長期的な繁栄と安定を確保していく」と述べるに至るのです。

この場合の影響は計り知れないものがあり、天安門事件のような事件すら起こりうる事態になります。

香港は世界的な貿易、金融都市であり、マネーを扱う市場としての機能も持ってきました。近年は度重なる民主化問題でシンガポールなどに企業そのものやマネーが流出するケースも見られますが、今回の決定があればそれを一気に加速し、香港経済は崩壊し、都市の名残を残すだけになってしまうことすら起こり得ます。そして新しい中国本土の枠組みに取り込まれた「新香港」が生まれてしまいます。

この動きは西側諸国をひどく刺激することになります。カナダ、オーストラリア、英国が共同声明を発表し、カナダのトルドー首相は「われわれは香港の状況を懸念している。30万人のカナダ国民が香港に居住しており、これが香港の一国二制度継続を望む理由の一つだ」と中国を強く非難しています。

アメリカはトランプ大統領だけでなく、バイデン氏も「米国は世界の他の国々に中国の行動を非難するよう呼び掛けるべきだ」とし、むしろトランプ大統領は手ぬるいと厳しく批判しているのです。

個人的には日本人や日本企業で香港に事務所を構えているところは撤退計画を考え、いつでも実行に移せる準備はするべきではないかと思います。体制がどう維持されるか予断を許さないと思いますが、治安が極めて悪化することを考えるとビジネスができる環境にないと思います。私も香港出張が予定されているのですが、その判断に悩むところであります。香港マネーは当面、シンガポールに退避するのでしょうか?東京が税制の特例がある国際金融市場でも作っていれば受け皿になれたと思います。

中国の西側による包囲網はより厳しくそして双方のバトルが激しくなるとみています。あらゆる対策と同時に情報戦も繰り広げながら一歩先を見据えないと危険かと思います。日本はコロナ疲れで本件の反応が鈍いようですが、これはとんでもない事態への引き金になるとみています。

では今日はこのぐらいで。


編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2020年5月25日の記事より転載させていただきました。