「緊急事態宣言」解除と日本モデル

日本で緊急事態宣言が解除されたというニュースが流れてきた。日本の感染者数、死者数は人口比で見ても新型コロナウイルス対策で優秀国に入る実績だ。世界保健機関(WHO)のテドロス事務局長も25日、「日本は成功している」と評価した。本来ならば、その実績を上げた政府、この場合、安倍晋三首相の支持率が上がってもいいと思うのだが、時事通信26日報道によれば、政権維持の危険水域といわれる支持率30%を割ったという。日本の政治は欧州に住んでいると分からなくなる。

2020年4月17日、専門家会議の尾見副座長と記者会見する安倍首相(官邸HP)

2020年4月17日、専門家会議の尾見副座長と記者会見する安倍首相(官邸HP)

緊急事態宣言の発令中、黒川弘務・東京高検検事長の賭け麻雀問題がメディアで報道され、同検事長が辞任に追いこまれたことを受け、首相への責任問題と絡んで支持率が低下したという。それなりの理由は報じられている。

国の指導者は常に厳しい目で見られる。権力への監視という観点から言えば、それは大切だが、問題には「最重要」、「重要」、「普通」、「あまり重要ではない」、そして「全く重要ではないテーマ」と分類すると、新型コロナ対策は「最重要」であり、黒川検事長の賭け麻雀問題は「全く重要ではない」とはいわないが、与野党が緊急に取り組むべき問題とはどうしても思えないのだ。あくまで問題を起こした個人の責任であり、その個人が公職の人間ならば、その進退を自身で決めれば一見落着だ。野党は黒川検事長賭け麻雀問題を契機に、打倒安倍政権に乗りだす動きを見せているという。そして批判の矛先は、黒川前検事長ではなく、安倍首相に向けられている。

オーストリアでファン・デア・ベレン大統領は先日、新型コロナ対策の規制緩和を受けレストランが再開されたので、奥さんを連れて久しぶりに外食した。大統領夫妻はレストランの営業は夜11時までと決められていたにもかかわらず、夜12時過ぎまでレストランの外の席で談笑していたことが発覚し、「国民が規制措置を遵守している時、大統領夫妻が、新型コロナ規制を無視すれば、国民に示しが付かない」といった批判が飛び出した。批判は正しい。しかし、それゆえに大統領の辞任を要求する人はいない。現政権の実権を握るクルツ首相の責任を追及する声は流石に聞かない。

コロナ対策の実施下で、大統領がその規制措置を破った事実は批判すべきとしても、それ以上は追及しない。ましてやクルツ首相の責任追及といった動きはない。バン・デア・ベレン大統領夫妻の責任問題であり、大統領は「話が弾んでつい時間を忘れてしまった」と後で詫びたので、それ以上、問題にする必要はない、という判断が働いているのだろう。

安倍首相は本来、新型コロナ対策の実績を誇示し、批判に反論すればいいのだが、「新型コロナ対策の成果は安倍政権が実施してきた自粛路線の成果ではなく、日本民族の持っている特殊要因が大きい」という声が支配的だ。日本を批判してきた欧米メディアでは、新型コロナ対策で飛びぬけた成果を挙げている安倍政権の政策を評価するより、納豆など日本国民の健康食の効用論など、その原因を探す記事を載せている有様だ。

安倍政権が新型コロナ対策で内外で評価を受けていたならば、野党側から辞任といった発想は飛び出さないだろう。自身の首をくくるようなことになるからだ。しかし、安倍政権は新型コロナ対策の成果(日本モデル)について、海外メディアと同様、説得力をもって説明できないでいる状況だ。

安倍首相の低支持率は、最重要問題の成果を内外に説明して、その評価を受けるというプロセスに支障が生じている結果だ。稀な現象だ。隣国の韓国では文在寅大統領は欧米メディアから新型コロナ対策で評価され、それに呼応して支持率は約65%を超えている(韓国聯合ニュース5月22日)。これこそ本来普通の動きだが、安倍政権は政権の実績を誰もが納得できるように説明できないために、あまり重要ではない問題(黒川前検事長賭け麻雀問題)で失点し、支持率を大きく落としているわけだ。

政権を批判する時、批判できる問題は大小山ほどあるが、国民も問題の軽重をわきまえ、国の運命に関わる最重要問題での実績を重視し、評価するべきだろう。さもなければ、あまり重要ではない問題で、政権は次から次へと交代に追い込まれ、その結果、政情は不安定化し、国運を失うことになるからだ。

もちろん、誰が問題の軽重を決めるのかだ。「国民が主権」という民主国家の論理に従えば、国民が問題の軽重を最終的に決めることになる。多分、それは基本的には正しいが、問題の軽重を決める際の「設問の仕方」が大切となる。「新型コロナ対策で国民の健康を守る」ことと「検事長とメディア関係者との賭け麻雀問題」ではどちらが国にとって重要かと問うならば、答えは多分、明確だ。しかし、設定の仕方次第では、逆の答えも可能となる。

問題の設定はメディアが主に行う。そのメディアが「緊急事態宣言を実施し、国民経済を停滞させた安倍政権の政治をどのように評価するか」と聞けば、国民から様々な批判が飛び出すのは当然だ。メディアは問題の軽重を恣意的にコントロールし、話題としたいテーマを前面に出して、読者を扇動することに長けている。

欧州に住む日本人の一人として、日本は緊急事態宣言解除後のこれからも新型コロナ対策を最重要課題とし、政府と国民が結束し取り組むことが大切だと考えている。新型コロナに対しては、やはり「正しく恐れる」(安倍首相)ことが必要だ。

当方には、新型コロナの大襲撃で悲惨な状況を呈したイタリアのべルガモの悪夢が蘇り、新型コロナを侮ってはならないという思いがどうしても強まってくる。日本の感染者数、死者数が非常に少ないことに、当方は驚きより、感謝の思いが先行するのだ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2020年5月27日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。