ジョンソン首相「親中路線」見直しか

長谷川 良

当方はこのコラム欄で「ジョンソン首相と太永浩氏に注目」(2020年4月19日参考)を書き、ジョンソン首相に対しては、中国発新型コロナウイルスに感染して入院、集中治療室での治療から回復体験した首相がその後の対中政策にどのような変化を見せるか注目したいと述べた。

1月、首相官邸で春節を祝う行事に臨んだジョンソン首相だったが…(英首相府flickr

欧州連合(EU)離脱交渉で躓いたテリーザ・メイ首相の後継として、昨年夏に就任したボリス・ジョンソン首相(55)は新型コロナに対しては当初、トランプ米大統領と同じく楽観的な受け取り方をしていたが、新型コロナが欧州で猛威を振るい、首相自身が感染して入院する羽目になった。退院後の発言などから、ジョンソン首相はかなり重症で集中治療室(ICU)に入り、命の危険もあったことが判明した。

首相は4月12日に退院すると、官邸のダウニング街10番地には戻らずロンドン北西にある首相公式別荘「チェッカーズ」で静養を続け、その数週間後、日常の政治活動を再開した経緯がある。

当方の関心はロンドン市長時代から親中派だったジョンソン首相が新型コロナに感染し、生命の危機を体験したことでその政治路線が変わるだろうかにあった。サウロがパウロに変わった話は有名だが、人は大きな体験をすれば「その後」必ず変わるものだ。ジョンソン首相も例外ではないと考えたからだ。そして、その予想はどうやら当たりそうなのだ。

英紙ガ―ディアンが24日報じたところによると、ジョンソン首相は2023年まで3年以内に中国通信機器大手、華為技術(ファーウェイ)を英国の第5世代移動通信システム(5G)網から完全に排除する計画だという。

トランプ米大統領はファーウェイが国家の安全を脅かす危険性があるとして市場からの排斥を進めてきたが、米国と親密な同盟国の英国ジョンソン首相は今年1月28日、国内5G網整備について、「コア部分を除き、その他周辺機器については中国の華為技術の参入を容認する」と決定し、トランプ政権を少しがっかりさせた。英国与党・保守党議員からもジョンソン首相の決定に反対する議員がファーウェイ排除の法案を提出したが、否決されている。それから4カ月後「今後3年の間にファーウェイの5G網の関与を完全に排除する」と方針を変えたわけだ。

ジョンソン首相の親中路線に変化が見えたのは、新型コロナ感染体験があったからではないか。ガ―ディアンは「英国家サイバーセキュリティ・センター(NCSC)が24日、ファーウエイの脅威に対して見直しを実施した結果」と説明していたが、その背後には、ジョンソン首相の中国共産党政権への見直しがあったのだろう。

中国発ウイルスで英国でも多数の感染者、死者数が出てきている。同時に、新型ウイルスの実態を隠蔽してきた中国共産党政権に対して国内で批判的な声が高まってきている。そして今、ジョンソン首相は中国傾斜路線の見直しを示唆したわけだ。

ジョンソン首相はロンドン市長時代から中国寄りだった。習近平国家主席が推進する新しいシルクロード「一帯一路」を高く評価してきた。その中で、ファーウエイは昨年、「人工知能研究センター」、そして「5Gイノベーション&エクスペリエンスセンター」を開設するなど、ロンドンを拠点として着実に基盤を構築してきている。

ジョンソン首相はEU離脱(ブレグジット)後の国民経済の活路を中国市場に見出し、中国企業との関係を強化してきた。ロンドン市長時代(在任期間2008~16年)には、ロンドンと上海の2大金融拠点の連携を強化、その結果、昨年年6月17日、上海・ロンドン株式相互接続(ストック・コネクト)が正式に始まっている。ちなみに、昨年1~8月にかけて、中国企業に買収されたイギリス企業は15社、買収価格は83億ドルに上る。

ガ―ディアンによれば、ジョンソン首相の親族関係者には中国と関係が深い人物が多い。ジョンソン首相の父親スタンリー・ジョンソン氏は駐ロンドン中国大使と面識があり、首相の弟ジョー・ジョンソン氏は大学担当大臣在任中、イギリスの大学代表団を率いて中国視察ツアーを行い、中国の教育大臣らと対談し、レディング大学と南京情報科学技術大学(NUIST)との提携を取り付けた。首相の異母弟、マックス・ジョンソン氏は北京大学でMBAを取得した後、香港のゴールドマン・サックスに入社。現在は中国向けに製品を販売する企業を対象とした投資会社を運営している、といった具合だ(海外中国メディア「大紀元」4月20日参考)。

ジョンソン首相は欧米指導者の中で唯一、新型コロナを自分の身体で体験している。その首相がこれまでの親中政策から決別すれば、北京にも大きな影響を与えるだろう。ジョンソン首相の親中路線の見直しがうまくいくかどうかは現時点では不確かだが、注目すべき変化だ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2020年5月28日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。