「国家安全法」導入で米国が「香港人権法」発動、別の制裁案も準備

高橋 克己

昨日28日、全人代は香港に「国家安全法」を導入する方針を採決した。が、ポンペオ米国務長官はそれに先立つ27日、昨年11月に成立した「香港人権法」を適用するための、同法に定められた国務省としての報告通知を議会に送った。日本時間28日午前4時のAFPが伝えた。

マイク・ポンペオ米国務長官(U.S. Department of State/flickr:編集部)

「香港人権法」は、「香港基本法」に謳われた「香港の高度な自治」が維持されていることを米国務省が調査し、それを議会に報告することを義務付け、「否」の場合はこれまで米国が香港に与えてきた米国との取引上の優遇措置を剥奪する内容。適用となれば国際金融ハブとしての香港の地位低下が予想される。

28日の全人代に出席した習近平・中国国家主席(CCTVより:編集部)

「国家安全法」については23日の拙稿をご覧願うとして、ポンペオが急遽「香港人権法」発動を決めたもう一つの引き金は、キャリー・ラム香港行政長官が26日に行った会見の内容にあると筆者は考えている。その会見は次のような絶望的な内容を含んでいる(SCMP

  • (国家安全法は)法を遵守し平和を愛する香港住民の大半を保護する
  • 西側の民主主義を含む多くの国にはそのような法律があり、それらの法律は投資家を怖がらせることはない
  • 特別行政区であり、中華人民共和国の不可分な領土である香港で、なぜこのような否定的な結果が生じるのか?

ラム長官はこの問題の本質におそらく意図的に触れていない。法案の中身もさることながら、事の本質は、中国が香港の民意を無視して「国家安全法」を作り、それを香港に押し付けることが、「香港基本法」が定める「一国二制度」とそれに伴う「香港による高度な自治」を骨抜きにすることにある。

この北京の所業によって今後、サラミスライスで一切れずつ「香港による高度な自治」が削られてゆくことは間違いなく、そのためのナイフに「国家安全法」が使われることに香港人は抗議しているのだ。香港人にとって絶望的な内容のこの会見が、ポンペオをして議会への通知を決断させたに相違ない。

別の中国制裁法案も

米国は28日を前に、「香港人権法」以外にも二つの中国制裁法案を公表し北京を牽制していた。その一つは5月21日にCPDC(Committee on the Present Danger: China)がその支持を緊急発表した、共和・民主両党議員による法案。こちらは香港というよりも米中貿易戦争の一環の色彩が濃い。

その法案とはルイジアナ州の共和党上院議員ジョン・ケネディとメリーランド州の民主党上院議員クリス・バン・ホーレンが、先ごろトランプ大統領が示唆したといわれる、連邦退職金投資理事会(FRTIB)による中国企業株への投資を阻止する件を具体化するもの。

FRTIBは550万人の軍人や連邦職員の退職金確定拠出型年金の資金5,780億ドル(約61兆円)を運用している。昨年8月にも、共和党上院議員マルコ・ルビオと民主党上院議員ジーン・シャヒーンがFRTIBの理事長に同じ趣旨の手紙を出し、写しがムニューシン米財務長官とポンペオ米国務長官にも送られたと日経が報じていた。

FRTIBは目下約40億ドルを中国株に投資しているが、CPDCによれば、トランプの指示でオブライエン大統領補佐官とクドロー国家経済会議委員長が連名でスカリア労働長官に、財務情報の信頼性に乏しい中国株への投資は望ましくないとの文書を出し、スカリアがそれをFRTIBに伝えたという。

ケネディとバン・ホレーンの法案は、FRITBが米国の公開企業会計監視委員会(PCAOB)に準拠した監査を許可することを拒否する不透明な中国企業に投資するのを防ぐことを目的としている。法案が通れば中国企業は米国での上場による資金調達に困難が生じることになる。

香港がらみの強烈な中国制裁案

もう一つの法案は米国による別の新たな中国制裁法案。27日のロイターによれば、中国が香港に「国家安全法」を適用するなら、米国が中国の政府当局者や中国の銀行に制裁を科すという内容。この法案も先の民主党クリス・バン・ホーレンと共和党パット・トゥーミー上院議員の共同起草だ。

制裁内容は、香港への国家安全法施行に責任を持つ中国当局者の米国の不動産資産を凍結すること、およびその個人とビジネスを行っている中国の銀行の米銀との取引を禁止し、米ドル取引へのアクセスを制限するという。バン・ホーレン議員は中国共産党の「痛いところ」を突くのが狙いだと説明した。

記事によれば、トランプはこれまで中国との通商合意を優先し、こうした制裁に乗り気でなかったようだが、新型コロナでの中国の対応に怒って第1段階通商合意も再考した。この法案が通ればJPモルガンなども影響受け、中国が「香港人権法」への牽制でアップルやボーイング、クアルコムなどを「信頼性のないエンティティ―リスト」への盛り込む可能性がある。

Gage Skidmore/flickr:編集部

ロイターは、制裁が発動されれば米中の一定の関係が一緒に断ち切られる可能性があり、関税引き上げの応酬で企業や消費者が受けるコスト増よりも大きな経済・政治的な影響が出てくるだろう。しかし、そうした影響を受け入れる姿勢を米国の政策当局者は強めているようだ、としている。

いま米国で起きていることが極めて異例なのは、大統領選を半年後に控えたこの時期に出されている中国制裁法案のいずれもが、共和民主両党の呉越同舟による超党派であることだ。つまりは、米国民の総意が「中国共産党許すまじ」で一致しているということ。

「香港人権法」で中国は国際金融ハブとしての香港を失い、上述前者の法案で中国企業は米国での上場による資金調達の途も絶たれ、後者で香港の「国家安全法」に責任を持つ中国当局者(=共産党幹部)は在米国資産を失い、中国の銀行も米国銀行との取引と米ドルでの取引を禁じられることになる。

米国国民が挙って中国共産党に対して怒り、これを背景にした超党派の議員によって提出された法案が議会を通れば、大統領選を間近に控えたトランプが署名を拒める道理もない。新型コロナパンデミック禍に香港「国家安全法」という油を注いだ強気の中国共産党、米中は開戦前夜ともいえる状況だ。