大戸屋の経営権を巡って、同社と筆頭株主のコロワイドが激しく対立していることは知っていたが、ここ最近私が注目している朝日新聞グループのガバナンス問題と思わぬ「接点」が浮上して驚きを禁じ得ない。
周知の通り、大戸屋は創業者の死去後、後継を巡って創業者長男と現経営陣が対立し、長男は一度身を引いた。これで落着するかと思われたが、長男は、居酒屋の「甘太郎」で知られる外食大手のコロワイドに株を売却。するとコロワイドは4月中旬、長男を社外取締役候補に据えた経営陣の刷新を、6月25日の株主総会に向けて提案した。大戸屋はこれに徹底抗戦する構えだ。
コロワイド提案の社外取締役候補に朝日放送HDの現役役員
そして、問題はコロワイド側が提案してきた新経営陣候補の顔ぶれだ。昨日のビジネスジャーナルの記事にあったリストを見ていまさら気付いたのだが、創業者長男に加えて、大阪の朝日放送グループホールディングス(HD)執行役員、小濵直人氏が社外取締役候補に名を連ねている。
株主提案に関する書面の受領に関するお知らせ(大戸屋4月16日適時開示)
放送会社の現職役員が、経営権争い真っ只中の事案で一方の企業側が提案する取締役候補に入ること自体、極めて異例だ。
ただ、小濵氏は生え抜きのテレビマンではない。適時開示等によると、外資の投資会社を振り出しに国内外の金融機関を数社渡り歩いた後、2007年には京都きもの友禅の取締役となり、社長に就任。18年には競合の日本和装HD取締役に転じ、同時期に朝日放送HDに入社した。
この4月には同社の執行役員に就任し、子会社のABCドリームベンチャーズの社長として、ビジネス開発、海外ビジネスを担当している。昨今、どのテレビ局もCM収入の減少に悩んでおり、新規事業開発の切り札として投資家目線の力量を見込まれて、異業種から登用されたことは想像に難くない。
小濵氏とコロワイドの接点ははっきりしないが、2005年10月に小濵氏が当時代表をつとめていた投資会社オリンパス・キャピタル・ダイニング・ホールディングスを買収・子会社化しており(※当時のリリース)、少なくともその頃からの接点があったとみられる。コロワイドは今回、大戸屋の経営陣刷新に当たって小濵氏に白羽の矢を立てた理由について、こう述べている。
金融に関する高度な知識と経険に加え、これまで複数の会社経営に関与された 経験から、取締役会において有益な提言・助言を頂けると考え、取締役候補者と致しました。
小濵氏の経営能力のいかんを問わず、コロワイド側が誰を取締役候補に担ぐのは営業上の自由だ。しかし、どうしても疑念が生じるのは、小濵氏が現任の放送局グループの持ち株会社の役員である点だ。
放送局は国民の有限な資産である電波利用を、国から許認可を受け、放送法の遵守が求められる公共性かつ特殊性のある事業者だ。瞬時に不特定多数の視聴者に情報を送り届ける社会的影響力があることから、同法4条の3では、番組編集において政治的公平性が求められている。
さらに政治問題に限らず、4条の4では番組編集に
意見が対立している問題については、できるだけ多くの角度から論点を明らかにすること。
を求めている。大戸屋とコロワイドの紛争は私企業同士の紛争であるとはいえ、「意見が対立する問題」であることに変わりはなく、しかもともに上場企業で、知名度のある飲食店サービスを展開しており、社会的影響力は小さくはない。そうした中で、公益性のある放送事業者の役員が、経営権を巡って紛争中の片方の企業の社外取締役候補に入るというのは、“片棒”を担ぐように思われるのではないだろうか。
朝日放送側の認識は?
朝日放送の広報部は、問題があるのではないかという筆者の質問に対し、「社外取締役候補であり、問題ないと考えております」との見解を示した。仮に株主総会でコロワイド側の提案が認められ、小濵氏が社外取締役に選任された場合でも兼業については問題視しない構えだという。
さらに、焦点ともいえる放送法4条との関係性についてどう認識しているかを確認したところ、朝日放送は「小濱執行役員は朝日放送グループホールディングス社の執行役員であり、また担当している業務も放送事業には関わっておらず、問題ないものと考えております」(広報部)とコメントした。
つまり、日々の番組制作・放送を取り扱っている朝日放送テレビ、朝日放送ラジオとは異なる組織の役員であり、本人の業務も直接の放送に関わっていないから「セーフ」だというロジックなわけだ。
しかし、朝日放送グループHDは、紛れもなく認定放送持株会社、つまり「総務大臣の認定を受けることにより、基幹放送事業について、持株会社によるグループ経営を可能とする制度」(総務省資料)であり、本質が放送事業会社であることに変わりはなく、同社の見解に疑念は残る。
公平な報道への“疑念”と危ういガバナンス
それに、小濵氏が社長を務めるABCドリームベンチャーズは、放送事業とのシナジーを期待する事業の投資ファンドの運営会社であり、ファンドの一つ、ABCドリームファンド1号の投資領域は「動画配信、動画広告、VR、AR、近未来エンターテインメントなど、将来のメディアについて大きな可能性を秘めたサービス・最新技術」(会社サイトより)と明記していることからみても、放送事業と切り離した仕事をしていると言い切れるのだろうか。
百歩譲って、放送法の観点から、朝日放送側の見解どおりに問題がなかったとしても、朝日放送の番組で「大戸屋 VS コロワイド」の紛争を取り上げる際、たとえばコロワイド寄りの論調になってしまったとしよう。それが、番組の制作現場が純粋に公平な視点から報じたものであったとしても、大阪在住の大戸屋の株主で大戸屋を支持する人は、小濵氏とコロワイドとの関係を知っているわけだから、番組内容と朝日放送に対して、あらぬ疑念を抱きはしまいか。
民放連の報道指針では、現場には「公平な報道」を求めている(2-3)。どちらにせよ、持ち株会社の役員が紛争中の片方の企業のステイクホルダーであることは明らかなわけだから、このまま関係性を明言せずにシレッと番組で報道してしまうのは、放送の持つ強い公共性の観点からしても、ある種のモラルハザードを招く気がしてならない。
朝日新聞創業家の村山恭平氏が指摘するように、朝日放送を含めた朝日新聞グループのガバナンスに疑問をもたれる事象が目立ってきている。その問題については私もコーポレートガバナンスの専門家に取材をしていて、その際どさについて、村山氏の見解が決して的外れとは言えない感触をつかんでいた矢先だった。そして、今回、朝日放送HDの現職役員が企業紛争の一方に関与したことが明らかになったことで、朝日新聞グループの体質が、ここでもまた危ない橋を渡るように変わってきているように改めて思えてならない。