文在寅韓国大統領は多分、歯ぎしりをしているだろう。その憤慨は世論調査結果にも反映してきた。韓国聯合ニュースによると、韓国の世論調査会社リアルメーターが1日に発表した文在寅大統領の支持率は59.9%で、前週比2.4ポイント下落した。大統領の支持率が60%台を割ったのは6週ぶりという。
中国発「武漢ウイルス」への対応で欧米諸国から模範国と称賛され、4月に実施された総選挙では与党「共に民主党」が大勝するなど、今年に入り勢いをつけてきた文大統領だったが、反日攻勢の武器として利用してきた慰安婦問題で主役を演じてきた役者が内紛を展開し、台所事情を暴露してしまったのだ。
慰安婦問題を巡る関係者の抗争は韓国世論を大きく揺り動かすスキャンダルに発展してきた。新型コロナの感染がまだ終息もしていない時、今度は国内の不祥事が台頭してきたわけだ。日本の政界では「一寸先は闇」といわれるが、お隣の韓国の政情はそれ以上に「一寸先は真っ暗闇」だ。
事の発端は、元慰安婦の李容洙さんが慰安婦支援団体「日本軍性奴隷制問題解決のための正義記憶連帯」(正義連)前代表だった尹美香氏の不正会計疑惑を提示したことから始まる。尹美香氏は先日、国会内で記者会見を開き、自身の疑惑について全面否定したばかりだ。両者の主張は真っ向から対立している。いずれにしても、反日運動の主役を演じてきた両者の抗争は慰安婦問題事態の信頼性を大きく揺れ動かしてきた。同時に、南北融和路線と共に反日を政権の軸としてきた文大統領は、武器を取られた兵士のように、心細くなっているかもしれない。
ここでは李容洙さんと尹美香氏のいがみ合いを再現し、読者に報告するつもりはない。産経新聞電子版(5月30日)によると、尹美香氏とその慰安婦支援団体がフランスで北のスパイ容疑で拘束されたケネディ元上院事務局職員らと連携して、日本政府を追及する「水曜集会」をパリで開催していたというニュースが流れてきた(記事のタイトル「欧州で北スパイと連携、尹美香氏を取り巻く『従北人脈』)。そこでフランスでの北朝鮮フロント組織について少し復習したい。
尹美香氏は2013年から毎年、パリで日本政府を糾弾する水曜集会を開催していたが、その集会の常連参加者にはフランス情報機関国内治安総局(DGSI)に2018年11月、北朝鮮へのスパイ容疑で逮捕された同国上院事務局のブノワ・ケネディ氏(Benoit Quennedey)がいる。
同容疑者がどのような情報を北側に流していたかなどの詳細なことは明らかにされていない。ケネディ容疑者は過去、何度も訪朝歴があり、18年9月9日の北朝鮮建国70年軍事パレードにも招かれている。フランスの代表的な親北活動家だ。フランスのテレビ局TMCの番組「Quotidien」は「上院にある容疑者の事務所も家宅捜索された」と報じている。容疑者はフランス上院で建築・文化遺産・造園を担当してきた公務員だ。
フランスのパリ郊外には欧州の親北政治家、知識人、大学教授らを集めたフロント組織「朝鮮再統一・平和のための国際連絡委員会」(CILRECO)がある。1977年に創設された同組織の目的は、南北朝鮮の再統一で、欧州各地でさまざまな会議、シンポジウムを開催し、親北派知識人、学者、政治家を動員してきた。当方は1990年初め、ウィーンで開催されたCILRECO主催のシンポジウムを取材したことがある(「北へのスパイ容疑で仏上院職員逮捕」2018年11月29日参考)。
シンポジウムにはフランス、ギリシャ、デンマークなどから欧州主体思想グループ・メンバーや左派系政治家たちが参加していた。ギリシャから参加した人物は北大西洋条約機構(NATO)の元空軍将校だった。北朝鮮がNATO軍退役将校を通じてNATO関連情報を入手していた可能性が考えられる。北朝鮮の欧州での情報収集工作は侮れない、という印象を強烈に受けたものだ。
さて、スパイ容疑で逮捕されたケネディ容疑者は仏上院事務局職員。「フランス・北朝鮮友好協会」(AAFC)に所属していたから、北朝鮮の記念日や建国日には、毎回招待されてVIP扱いの接待を受けてきた。ちなみに、ケネディ容疑者が平壌で金永南最高人民会議常任委員会委員長(当時)と会っている写真がMGRオンラインに掲載されていた。
金大中元大統領が野党指導者として民主化運動をしていた時代、ドイツのベルリンには韓国から親北活動家、学生たちが結集し、旧東独を通じて北と接触してきたことは良く知られている。その後、フランスは北朝鮮にとって欧州の重要な拠点の一つとなった。故金日成主席の心臓手術を執刀したのはリヨン付属大学病院の心臓外科医だった。故金正男も生前、何度もパリを訪問している。金正男はパリからタクシーを飛ばしてウィーンまで来たこともあった。金正恩氏(朝鮮労働党委員長)もフランスの医療のお世話になっている、といった具合だ。
慰安婦問題で日本叩きをしてきた尹美香氏は、フランスで欧州の代表的な親北メンバーと接触していたわけだ。その結果、同氏にもスパイ容疑が出てくる。尹氏が4月の総選挙で国会議員となったことで、同氏のスパイ容疑はいよいよ青瓦台を巻き込む大政治スキャンダルに発展する可能性も排除できなくなってきた。もちろん、文大統領はそれを阻止するために特権を駆使して検事側に圧力を行使するだろう。新型コロナ感染の第2波、第3波が懸念され出した韓国で、北朝鮮を巻き込んだ政争が生じるかもしれない。日本人としては、慰安婦問題の「事件の核心」を握る関係者の抗争劇を通じて真実が少しでも明らかになることを願うだけだ。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2020年6月2日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。