大学受験や就職の際で体験することだが、人生の進路を決める瞬間は容易ではないし、悩み苦しむものだ。国にとっても事情は変わらない。トランプ米大統領はこの秋に延期開催することになった主要7カ国(G7)首脳会議(サミット)にロシア、オーストラリア、インドと共に韓国を招待したい旨を表明した。それを受け、G7ホスト国から声がかかった韓国では「わが国の戦略的価値が高まった結果だ」と歓迎の声が飛び出す一方、「米国と協議しなければならない」といった珍しく慎重な意見が聞かれ出しているのだ。
世界の指導国入りを意味するG7参加は韓国にとって天にも昇るような気分と思うのだが、どうやら今回はそうでもないようだ。ノーベル賞週間に入ると、日本の科学者が受賞する度に「わが国からノーベル受賞者が出るのはいつか」と嘆く韓国が、G7参加ニュースではそれほど喜んでいない。むしろ甘い誘いの背後に何か隠されているのではないか、と珍しく考え出しているのだ。
そこで考えてみた。テーマは「なぜ韓国はG7招待に柄にもなく慎重な反応を見せているか」だ。どうやら、このコラム欄で紹介した「なぜ韓国は中国の香港政策に沈黙するのか」(2020年5月31日参考)で言及した内容と通じるものがあるようだ。すなわち、隣国の大国・中国の目が気になるのだ。
G7参加招請後、韓国側が「米国と協議したい」と答え、即答を控えた主要理由は、米国開催のG7の主要議題が新型コロナ対策、中国の拡大政策に対する意見調整の性格が強いからだ。ロイター通信によると、「ホワイトハウス関係者はトランプ大統領がゲスト国の4カ国と中国に関し議論したい意向だ」というのだ。
G7参加は世界の超一流国入りを意味するというより、トランプ米政権の「反中クラブ」入りを意味するから、トランプ氏からの招待を「ハイ、ありがとうございます」と受けるわけにはいかないわけだ。
韓国は過去、米国から新型迎撃ミサイル「サード」(THAAD、高高度防衛ミサイル)導入を決定した時、中国から厳しい経済制裁を受けた苦い体験がある。韓国が2016年7月、対北ミサイル防衛のために「サード」の国内配置を決定した時、中国は猛烈な報復に出てきた。サムスンのスマートフォンや韓国製自動車の売り上げは急減し、民間レベルでも中国人の韓国旅行は前年比で激減し、韓国ロッテグループの店舗建設は中止に追い込まれ、最終的にはロッテは中国市場から追放されたことはまだ記憶に新しい。
韓国が今回、G7参加招請を歓迎し、「反中クラブ」入りでもすれば中国の反発は「サード」の時より激しく、大変な状況になるかもしれない、といった懸念が韓国側にはあるはずだ。しかし、中国の顔色ばかりに囚われ、トランプ氏のオーファーを断るのは甚だ惜しい。
韓国は2008年、東京で開催されたG7会議に招かれているが、当時と今では世界情勢(米中関係)、日韓関係は全く異なっている。一方、トランプ氏は米国開催のG7会議にゲストを招待できるが、G7からG11に加盟国を拡大するためには、他の加盟国との協議が必要であり、コンセンサスが求められる。トランプ氏自身は11月の大統領選を控えている立場上、G7拡大問題など重要案件の決定は再選後となるだろう。
個人の進路決定でもそうだが、国の進路決定となるとそれ以上に苦慮する。間違った進路を決めれば、苦しむのは一人ではなく、国民だ。責任の大きさは比べることができない。聯合ニュースは「サミットの新たな枠組みが『反中戦線』として使われれば、経済面や北朝鮮問題で中国の影響を大きく受ける韓国が難しい立場に陥りかねない」と韓国政府の立場を代弁している。
大統領選を間近に控えたトランプ氏はG7会議の舞台を最大限に利用して自己PRの場にしたい意向が強いだろう。メルケル独首相がG7会議参加に消極的なのは、米国で新型コロナ感染がまだ勢いがあるからではない。G7がトランプ氏の選挙戦に利用される可能性が限りなく濃厚だからだろう。
韓国は中国の「国家安全法」の香港導入に対してもはっきりとした立場を表明せず、沈黙してきた。G7会議参加問題でも曖昧な態度を続ければ、韓国は優柔不断な国として軽蔑され、世界の指導国の資格を失うことになる。
韓国はトランプ・リスクとチャイナ・リスクの狭間にあって、進路決定を強いられているのだ。換言すれば、中国との「経済」を取るか、米国主導の「安保」を取るかの選択だ。ちなみに、韓国の経済界では、大企業は親米派が多い一方、中小企業は中国派が多いといったように利権が分かれている。
習近平国家主席の年内訪韓が進められている時だけに、文大統領のG7参加、「反中クラブ入り」はリスクが大きい。文大統領の場合、北朝鮮との南北融和政策もあるから、平壌の反応も気になる。しかし、韓国は「国の進路」決定をいつまでも曖昧にし続けることはできない。文在寅大統領は今、ハムレットのように悩みだしているだろう。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2020年6月3日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。