やっと新聞が「アジアに少ないコロナ死者数」に着目

中村 仁

欧米を見て過剰反応をした日本

「日本の死亡者数は42万人も」という専門家会議の西浦博・北大教授による警告で日本中が震え上がりました。結果は900人です。「何も手を打たなければ」という前提があったにせよ、あまりの落差に驚く。死者数の900人を100倍しても9万人、500倍してやっと45万人です。

誤差どころではない。欧米と同じようなことが日本でも起こると、誤認したのでしょう。誤差ではなく誤認ですか。計算するモデルが間違っていた、との指摘が聞かれます。

日米欧の株価は3日、「コロナ前」の水準に戻りました。「1930年の大恐慌並みの不況がくる」とまで、国際通貨基金(IMF)まで震え上がったのに、これはどう考えるべきなのでしょうか。「実体経済と株価の乖離」という説明だけでは不十分です。コロナ不況を過大に錯覚していたと、マネー市場が見抜いたのかどうか。特に日本の場合は、そう言えるでしょう。

それにしても、西浦教授はきちんと、説明しなければなりません。日本ばかりではありません。東南アジア諸国も少ないのはなぜか。ネット論壇では多様な主張が登場しているのに、新聞・テレビなどの伝統メディアがあまり取り上げないのはなぜかと、不思議に思っていましたら、やっと「コロナ/少ないアジア死者数」と、ほぼ全頁大の大型解説が読売新聞(4日)に掲載されました。

人口100万人あたりの死者数は「日本7人、中国3人、韓国5人、台湾0.3人、シンガポール4人、インドネシア6人」といった具合です。一方、多いのは「英国580人、スペイン580人、イタリア555人、フランス443人、米国327人」(3日現在)などです。

記事は「国によって感染者数の把握に大きな差があるため、死者数を人口当たりの数で国際比較するのがよい」として、上記の数を紹介しています。専門家会議や政府は「医療システム、マスク着用率の高さ、靴を脱いで家に上がる習慣、外出自粛要請に従う国民性、クラスター対策(集団感染防止)の成功など」を強調しています。安倍首相が胸を張った「日本モデルの成功」ですか。

これに対し記事は「人口比の死者が少ないのはアジアに共通しており、国民性や医療環境だけでは説明できない」と、ポイントはついています。「結核予防のBCGワクチンの定期的接種をしている国では、患者や死者が少ない傾向がある」との説に注目しています。「BCGには免疫力を高める物質を増やす効果がある」と。

社会的権威が後ろ盾にないと報道しない新聞、テレビ

ネット論壇では、BCG仮説が3月ころから紹介されていたのに、伝統的メディアは「今日の感染者は何人」「休業や失業の増大急増」といった表面的な動きを追うのに熱中していました。コロナ危機の本質や謎に迫ろうとしてこなかった。ジャーナリズムの名が泣きます。

さらに「人種の違いも注目されている。白血球の血液型ともいわれる『HLA(ヒト白血球抗原)』の違いが8大学による研究テーマの候補になっている」と。感染しやすい抗原と、しにくい抗原があるとの説です。これなどもネット論壇では、早くから指摘されていた説です。

記者もやっと勉強を始めたのか、「新しい説明として急浮上している交差免疫説だ」。交差免疫説については「過去に新型に似た弱毒性のウイルスが流行した結果、新型に対する免疫もある程度、ついたとする説。欧米人よりも強い交差免疫がアジアではついていたとすれば、人口比の死者の差に説明がつく」と、言及しています。こういう解説をもっと早く紹介してもらいたかった。

西浦推定の根拠を問う指摘がネット論壇ではしきりです。その西浦氏はテレビなどでは、まだ影響力があるらしい。つい最近は「新型コロナウイルスの感染者が1日10人入国すると、90日後には99%の確率で大規模な流行が起きる。1日2人なら確率は58%」との警告がNHKで報道されました。今度の予測はどうなるのでしょうか。

「死者予測42万人」の影響は大きかったですね。安倍首相は首都圏を対象に緊急事態宣言(4月7日)を出し、さらに全国に拡大(同16日)、さらに全国一斉に延期(5月4日)しました。それと一体で、経済社会活動の自粛が始まり、200兆円を超える経済財政対策が打ち出されました。小池東京都知事も率先して「感染爆発寸前」「ロックダウン(都市封鎖)」などと警鐘を鳴らしました。

日本の新聞、テレビは専門家会議とか官邸とか、社会的権威がバックにあると、安心するのか、大々的に報道します。流れだすと、もう止まらない。途中で修正がきかない。ネット論壇のように個人が発信する情報、主張にはなかなか乗ってきません。

専門家会議は警報を鳴らすことには熱心でも、BCG仮説、HLA仮説、交差免疫仮説などには、まず言及しません。「日本を含むアジアでは、コロナ死者が少ない」という統計、その背景に着目し、論議を交わしていたら、欧米の現状を下敷きにしたような推計には、疑ってかかれたはずです。

そうすれば、過剰な経済社会活動の自粛、その結果である経済停滞、そのまた結果である200兆円もの経済対策、さらに10兆円という前代未聞の予備費の計上などは避けられたに違いありません。


編集部より:このブログは「新聞記者OBが書くニュース物語 中村仁のブログ」2020年6月3日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、中村氏のブログをご覧ください。