新旧キリスト教会の「積弊清算」は

宗教改革者マルティン・ルターの肖像、ルーカス・クラナッハ作(ウィキぺディアから)

ローマ・カトリック教会(旧教)とプロテスタント教会(新教)に所属するドイツの神学者たちは、カトリック教会のローマ教皇フランシスコにはレオ10世(在位1513~21年)のマルテイン・ルター(1483~1546年)の教会追放、破門状の撤回をアピールする一方、ルター派教会の世界的共同体「ルーテル世界連邦」(LWB)に対しては、レオ10世を「反キリスト」と酷評したルターの評決の破棄を求めている。

アルテンベルガー超教派サークル(Altenberger Okumene-Kreis )は独カトリック教会司教会議と独福音主義教会(EKD)に対し、両教会を分断した過去の清算を要請したわけだ。1999年ケルンで創設された同サークルは現在、約30人の神学者が所属している。例えば、テュービンゲン大学教義学のヨハンナ・ラーナー教授やミュンスター大学超教派研究所所長ドロテア・サットラー所長らの名前がある。

世界最大の宗教、キリスト教は世界に300以上のグループに分かれ、「我こそイエスの教えを継承する教団」と主張し、久しくいがみ合ってきた歴史がある。

キリスト教史の最大の分裂(シグマ)は 、ローマ教会とコンスタンティノープル教会が聖像禁止令をめぐって対立を繰り返し、1054年にローマ教皇を中心とするカトリック教会(西方教会)と、東方の正教会(東方教会)の東西教会に分離した大シグマ(分裂)だ。16世紀に入り、教会の刷新運動となった宗教改革を契機として生まれた新旧教会の分裂はそれに次ぐ大きな出来事だった。

その宗教改革の主役の一人、ドイツの聖アウグスチノ修道会に属するルターは今日までキリスト教会に大きな痕跡を残している。ルターは教会の改革案『95カ条の議題』を提示し、当時教会が抱えてきた問題点に質問状を突きつけ、欧州全土に大きな影響を与えた。ルターは人間は善行によって義となるのではなく、信仰で義とされると主張(信仰義認)、教会や修道院生活ではなく、信仰を土台とした生活の重要性を指摘、修道士、修道女には修道院から出て結婚するようにと説得した。

それに対し、当時のローマ教皇レオ10世は1520年、ルターを教会から破門するために“Exsurge Domini”を宣言し、同内容は1521年1月3日に発効。ルターが死去する1546年後は失効状況と受け取られてきた。

参考まで、ルターの人物像を少し紹介する。ルターは聖職者の独身制を破棄し、修道女たちの結婚を斡旋している。そして最後まで相手が見つからなかった修道女カトリーナを哀れに思い、彼女と結婚したというエピソードが伝えられている。ルターは当時42歳だった。ちなみに、ルターは「明日、終わりの日だとしても、今日、子供たちのために何か準備する」と語っている。神への強い信頼があったわけだ。

ドイツでは今日、カトリック教徒とプロテスタント信者の数はほぼ半々だ。ただし、新旧両教会ともここにきて信者の脱退が増え、最近では新型コロナウイルスで国民の生活も困窮したことから、教会税の廃止の声が聞かれ出した。教会税が廃止された場合、世界で最も豊かな教会といわれてきたドイツのキリスト教会の運営は危機に瀕することは間違いない。

新旧両教会の接近はこれまでも何度もあった。第2バチカン公会議(1962~65年)以来、キリスト教会の近代化、超教派運動が進められてきた。そして「新旧両教会の和解が難しいのは過去の積弊清算がなされていないからだ」ということで、ドイツの神学者の今回のアピールとなったわけだ。

LWBと教皇庁「キリスト教一致推進評議会」は今年初め、ルター破門宣言500年への追悼集会を共同開催することを計画していた。計画では、同イベントはローマで開催し、祈祷礼拝を実施することになっていた。来年1月3日はルターの教会破門500年目を迎えることから、この機会に両教会の和解を阻む双方の過去を清算しようというわけだ。

なお、「キリスト教一致推進評議会」議長のクルト・コッホ枢機卿は、「生じたことは消すことはできないが、過去の負債が未来の重荷とならないように努力しなければならない」と強調している。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2020年6月6日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。