コロナ禍で見えた自治体の真の姿
コロナ禍で全国的に売り上げが減少し、経済が失速する中、その支援については地方自治体でかなりの差が出始めている。改めて、リーダーによって導き出される対策も対応もこうも変わるものかと、ある意味国民がはじめて地方自治の重要性を痛感したのではないだろうか。また、これまで地方財政が悪いと言われてもピンとこなかったが、こういうことなのかと理解に至った方も多いのではないだろうか。
インバウンド99%減に始まり、観光バス利用99%減、ホテルの売上8割減が80%など、観光の街・京都の惨状は想像に難くない。しかし、京都市は全国屈指の財政危機を抱え、行政支援もままならないことが今回のコロナ禍で浮き彫りになった。
東京では8000億円を超える巨額の自治体の貯金を大量放出し、民間への支援を強める。もちろん都知事選を控えたパフォーマンスとの声もあるが、欧州の一国分並の財源と基本的に豊かな財政に裏打ちされたからこそできる一手である。今回、一番事業者を落胆させたのは、休業要請に対する協力金だが、関西でいえば、大阪、兵庫では100万円、京都市を除く京都府下の自治体で40万円、京都市だけは20万円という大きな差がでた。
京都市の惨状はこれに留まらず、4月に用意された観光事業者向けの緊急支援金は申請が殺到し一日で申請を締め切るという珍事が発生。その反省から翌5月の中小企業向け補助金は予算を大幅に増額し、申請期間をはじめから5日間に限定したものの、それでも10億円の枠に25億円分の申請が押し寄せ、予算不足に陥るという事態に見舞われた。(のちに25億円に増額。)
しかし、なぜ、これほどまで京都市は金がないのだろうか。
観光客が右肩上がりで増え続け、観光立国日本を代表する観光都市としての栄華はなんだったのだろうか。そこで、改めて「京都、観光で潤っている説」を検証していきたい。
一円も金が落ちない迷惑旅行・ゼロドルツアー
まず「観光で潤う」という言葉の対極にあるのが、ゼロドルツアーだ。ゼロドルツアーとは、0円(0ドル)に近い激安のツアーを構成することからこの名前がついている。ホテル、飛行機、移動、案内全て付いて激安の旅行だ。
からくりはこうだ。
飛行機だけは正規ルートでLCCの激安を押さえる。関空に到着すると、仲間の経営する白タクで移動し、ホテルはグループの中華資本のホテル、飲食店や観光地の合間に連れていく土産物屋も仲間の中華資本のお店と、身内の事業者で旅行者をぐるぐる回す。決済はウイチャットペイなど中国国内の決済を使い、中国国内で完結する。基本的に連れていくお店からマージンを貰うのが主な収益の柱だ。
世界中の政府が目を光らせ規制の方向で動いているが、なかなか規制できずにいる。これをやると、結局1円も地元に金が落ちず、ただ街中が混雑するだけという地元にとって何一ついいことがない迷惑観光の代表となっている。これが京都でも横行している。中国人がたくさん来ていて賑わっているが、1円も使わないのだ。これがまず虚像の一つだ。
地元が潤わない爆買いの真実
次に爆買いブームについて申し上げておきたい。これも地元が潤わない。爆買いブームは習近平政権の政策の方向転換で基本的に見なくなったが、今でも観光客がドラッグストアに押し寄せている姿はしばしば目にする。爆買いの代表的スポットいえば、デパート、家電量販店、ドラッグストアだが、実はどれも地元資本ではない。
高島屋にせよ、伊勢丹にせよ、マツモトキヨシにせよ、ヤマダ電機にせよ、いずれも県外の企業で、売っているものも地元産品ではないわけだ。つまり、彼らが何十万買い物に使おうが、地元には1円も入ってこない。爆買いブームで儲けたのは、東京資本の一握りの大企業だというのが定説だ。
かつて、地域活性化のスペシャリスト・藻谷浩介氏は京都についてこう嘆いていた。
「観光客にいくら土産物が売れても、そのお金は京都から出ていくんだからどうしようもないですよ。そもそも、京都の土産物の原材料のどれほどが京都産でしょうか。京都の材料を使って、京都で人件費を使って生産されて、それ売れて初めて街は潤います。それなのに丹波大納言を使わず、特選十勝産小豆使用などと謳って京菓子を売っている。これでは地域が潤うはずはありません」
「ニセコに酒まんじゅうというのがありますが、これは粉も餡も酒もすべてニセコ産。売れれば全部ニセコにお金が落ちる。京都はフィレンツエと姉妹都市ですが、イタリアでも同じ。イタリアでイタリア料理を食べれば、オリーブオイルもパスタもチーズも全部イタリア産です。そしてイタリア料理に魅せられた人たちは帰国してからもイタリア産のパスタを食べて、イタリアのモッツアレラチーズは美味かったなあ、とイタリア産のモッツアレラチーズを購入する。こうして初めて観光は色々な所へ波及していくのです」
このように、地元産品をうまく組み合わせ、地域経済が循環する仕組みを作っていかないと観光客の買い物は何一ついい効果を生まないのだ。もちろん、観光客が来ることで、多少なりとも地元の伝統産業産品も売れるし、土産物屋もそれなりに利益を出せる。少なくとも雇用創出には大いに貢献していることは否まない。しかし、皆さんが思っているほど街全体が儲かるというものではないのだ。
観光産業は非正規雇用が多い
観光産業の特徴のひとつに労働問題があることはあまり知られていない。観光業で働く人の75%が非正規雇用、製造業の非正規雇用比率30%だということを考えるといかに、非正規雇用が多い産業かお判りいただけるのではないだろうか。
観光産業とは、そもそも非正規を多く生み出す産業構造なのだ。観光産業の中核を担うホテルにしても、一番忙しいのは客がチェックアウトした9時~10時から、チェックインが始まる14時~15時までのベッドメイク業務だ。ベッドメイクに従事するのは、パートタイマ―の主婦が中心となる。閑散期と繁忙期の差が少なくなった京都だが、本来観光産業はこうした季節間格差が多い。
ひと昔前、首都圏の大学生の夏休みと冬休みと言えば、リゾートバイトが大流行だった。冬はスキー場、夏は上高地やビーチでバイトに明け暮れたものだ。スキー場やビーチ通年のスタッフは必要ない。ハイシーズンにのみ、アルバイトを雇うシステムが観光産業の宿命とも言える。これも、市民が豊かになれない一因だとも言える。ホテルを一つ誘致するなら工場を一つ誘致した方が、正規雇用が増え経済には好影響だということだ。雇用が増えるのは大歓迎だが、市民所得の観点から見れば、観光産業ばかりになるとこれはこれで問題だということだ。
京都の主力産業は観光ではなかった?!
観光で潤っている説を紐解く一番のポイントは、産業構造問題だ。京都=観光というイメージが定着しているが、実は京都の産業構造に占める観光の割合は約10%程度と推計されている。国全体では5%なので、他都市に比べて観光従事者の比率が高いのは間違いない。
しかし、観光産業以外に主たる産業を持たないハワイや沖縄とは違い、京都市の経済の主力は、製造業であり、サービス業であり、不動産業だ。大都市の場合、どこもサービス業が主力産業のひとつになるが、京都市は古くから製造業とサービス業の2大産業が都市を牽引してきた。京都大学をはじめとする大学等の研究機関が充実していることや伝統産業が技術革新を繰り返して今日の製造業の柱を構築してきたことが大きい。
清水焼の粘土からセラミック技術を確立した京セラ、花札、トランプからファミリーコンピューターを開発した任天堂、西陣織の織機製造から医療機器メーカに発展した島津製作所、さらにそこから分家したバッテリーメーカーのGSユアサ、村田機械も西陣ジャガード機製作所からの出発で、計量器のイシダも100年以上前から秤を作っていた会社だし、月桂冠や缶チューハイの宝酒造なども京都の酒蔵だ。
他にも日本電産、ローム、村田製作所、堀場製作所、日本新薬、オムロン、大日本スクリーン、ワコールと挙げればきりがないほど優秀な製造業がある。
もうひとつの特徴は、大学が多く下宿生が他都市に比べ非常に多いことから不動産業(不動産オーナー含む)の比率が高いことだ。京都において大学が果たしている役割は非常に大きく、観光の陰に隠れているものの「大学の街・京都」もまた、もうひとつの顔である。
実はこうした産業が都市の中核を担っており、観光産業は確かに伸びてきたのは事実だが、都市全体から見れば一分野でしかないというのが実態である。市民所得も平成19年をピークにそれを上回っておらず、市民の中に豊かになってきたとういう実感はない。観光は京都にとって大切な基幹産業ではあるが、潤っているかと言えば都市全体に波及されるほどの効果は残念ながらないというのが結論である。
より詳細な解説は動画版、または京都が観光で滅びる日(ワニブックス990円)をご参照頂きたい。