豪政府の「対中政策」から学べる事

長谷川 良

新型コロナウイルスの世界的大流行(パンデミック)の責任を追及されている中国共産党政権を敵に回すことは一国だけでは荷が重いだけではなく、中国側の反撃を受ける危険性が高い。その危険性をあえて冒して、北京当局が新型コロナ感染問題で隠蔽してきたこと、その発生源についての情報提供を拒否していることなどを指摘し、国際社会に新型コロナの発生源の解明を呼び求めたのはオーストラリア政府だ。それ以降、豪政府と中国共産党政権の関係は緊張が続いている。

▲「中国の圧力に屈しない」と表明するモリソン豪首相(ウィキぺディアから)

▲「中国の圧力に屈しない」と表明するモリソン豪首相(ウィキぺディアから)

両国関係が険悪化してきた最初のきっかけは、上述した中国湖北省武漢市から発生した新型コロナ問題だ。発生源については、武漢市近郊にある「武漢ウイルス研究所」からウイルスが外部に流出し、感染が拡大したという説が有力だ。それに対し、中国側は武漢市の海鮮市場から発生した説や、米軍がウイルスを持ち運んできたというフェイク情報を流し、発生源の追求を妨げてきた経緯がある。

そこでモリソン豪首相は4月21日、新型コロナの発生源を国際専門家で調査する案を提案し、トランプ米大統領、メルケル独首相、マクロン仏大統領と電話会談を行い、世界的感染拡大に関する国際調査への協力を求めた。

それに先立ち、同国のペイン外相は同月19日、「中国当局の感染初期の対応を調べるために、世界保健機関(WHO)抜きの国際調査委員会を設置すべきだ」と主張し、中国とWHOの癒着関係を示唆している。

モリソン首相は、「新型コロナウイルスは中国の武漢市で発生したことは周知の通りだ」「独立調査は非難目的ではない。国際公衆衛生に関わる問題で、透明性のある方法で重要な情報を得るためだ」と話し、中国側の反発に応戦している。

新型コロナの発生源問題において、最近では、米ワシントン大とオハイオ州立大の2つの大学の調査によると、新型コロナウイルスの発生源とされている武漢の死者数が中国政府の集計の14倍に達する可能性があるという結果が出ている。これが正しいとすれば、武漢地域の新型コロナの死者数は3万6000人になる。また、新型コロナの発生は昨年末ではなく、昨年9月ごろの可能性があるという調査報告も明らかになっている、といった具合だ。中国の新型コロナの発生源では依然、不明な点が余りにも多い。その主要な責任は中国共産党政権にあることは明らかだ。

中国共産党政権はシドニーの新型コロナ発生源追及に対し、不快感を表し、外交ルートを駆使して豪州叩きを開始してきた。例えば、豪州産牛肉の輸入を制限し、大麦に追加関税を課したほか、新型コロナの発生で中国人を含むアジア人を差別する動きが見られるとして豪州への渡航自粛を勧告している。

それだけではない。ロイター通信が13日報じたところによると、中国で薬物密輸罪に問われた豪州国籍の被告が死刑判決を受けたことから、両国関係の緊張が一段と高まる可能性がある。死刑に反対の豪州側は死刑判決の見直しを要求しているが、北京の外務省は「薬物犯罪は重大な犯罪であり、極刑に値す」として、豪州側の要求を退けている。

豪州のモリソン首相は中国との関係が悪化していることについて、「脅しには屈しない」と述べているが、豪州一国で中国を相手に戦うのは手に余るだけではなく、安保上の懸念も排除できない。例えば、中国の南シナ海への軍事力の拡大問題だ。

豪州と中国の関係は両国間で自由貿易協定(FTA)が締結された後、両国間の貿易は活発化したが、中国企業の豪州内での影響力拡大に対し、シドニー側に懸念が出てきた。そこで豪州側は中国の影響拡大を阻止するために法案(例・外国からの献金禁止)を施行するなどの対応に乗り出してきた経緯がある。

豪州は最近まで、防衛同盟国の米国と、経済関係が深まってきた中国との間でバランス外交を続けてきたが、中国は豪州にとって次第に国の安全を脅かす国との認識が深まってきたのだ。

例えば、豪州北部準州が2015年10月、ダーウィン港の商業用施設を中国企業「嵐橋集団」に99年間貸与する契約を締結したことが明らかになると、米海軍兵士が駐留する基地に近いことなどから、米国側は豪州側に懸念を伝達したことがあった。

このコラム欄で「世界に広がる『反中包囲網』」(2020年6月14日参考)を書いたが、日本を含む8カ国の国会議員と欧州議会議員は今月4日、中国共産党に対抗するため、超国家組織「対中政策に関する列国議会連盟(Inter-Parliamentary Alliance on China、IPAC) 」を立ち上げた。IPAC創設には豪州の外交イニシアチブが大きい。

豪州は大国・中国と一国で対するのではなく、同盟国間の連携を模索する外交を進めてきている。日本にとっても地理的に近く、南アジアへの影響力を拡大する中国に対抗する上で、豪州との連携は一層重要だ。日本と豪州は基本的価値と戦略的価値を共有する「特別な戦略的パートナーシップ」だ。豪州の対中政策を孤立化させないためにも、日本は積極的に協力姿勢を示すべきだ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2020年6月17日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。