天馬社の委任状争奪戦-監査等委員会設置会社のガバナンスとISSの議決権推奨

ベトナムにおける海外贈賄事件に続き、定時株主総会を前に会社側・大株主側の対立が表面化したプラスチック成型大手の天馬社の件について、少しだけ続編を書かせていただきます。6月12日の日経ニュース「26日総会の天馬、取締役案で株主と対立」に続き、文春オンラインでも「『現経営陣を一掃しないと将来はない』 東証一部『天馬』8人の執行役員が前代未聞の反乱劇」と題するネット記事がリリースされています。大西康之さんが天馬の記事を書くとは・・・ずいぶんとメジャーなニュースになりましたね。

(天馬株式会社 天馬社HPから:編集部)

(天馬株式会社 天馬社HPから:編集部)

毎度申し上げておりますとおり、私は本件には何ら関与しておりませんし、どちらかの議案推奨を勧誘する意図は全くございません。しかしながら、どうしても天馬社のガバナンスへの関心から、同社の監査等委員会の動きに注目してしまいます。ちなみにいつも勉強させていただいている梅本剛正教授のブログでは「委任状勧誘規則」(金商法)の視点から意見が述べられています。同じ事例を同じニュースから見聞しても、やはりいろいろと視点が異なるものだと感心いたしますね。

先日のエントリーで、天馬社の監査等委員会は(選定された監査等委員を通じて)会社側の取締役候補者の議案に対して意見陳述権を行使したことをお知らせしましたが、その後、ISSの議決権行使に関する推奨意見(推奨レポート?)が出され、監査等委員会が候補者としてふさわしくないと意見を述べた方々に対しては反対票が推奨されたそうです(大株主側キャンペーンHPの記事より)。

なお、ISSの議決権行使の推奨意見は「会社側vs大株主側」といった大雑把なものではなく、各候補者ごとに分析評価のうえ意見を表明しており、結果として賛成推奨意見は会社側5名(8名中)、そして大株主側4名(就任承諾を表明している6名中)のようです。つまり監査等委員ではない取締役候補者だけをみると会社側有利な情勢です(なお、大株主側は、ISSから反対推奨された2名の候補者については事実誤認あり、と反論しています)。

しかし天馬社は「監査役会設置会社」ではなく「監査等委員会設置会社」です。3名の監査等委員も全員取締役です(監査等委員ではあるが取締役ではない、という人は法制度上存在しません)。ご存じない方も多いと思いますが、会社法上、監査等委員会設置会社の取締役については、監査等委員でない取締役の任期は1年、監査等委員である取締役の任期は2年です(つまり、監査等委員である取締役の独立性がかなり強く保障されている、ということです)。天馬社の監査等委員会を構成する3名のうち2名は「現経営陣の経営方針には反対」という意味では大株主側に近い立場なので、かりにISSの議決権行使助言のとおりに賛否が決せられるとすれば、取締役会構成は6:6で拮抗することになります。

さらに、このたびの定時株主総会では、監査等委員である取締役の選任議案が別枠として上程されており、当該候補者の方は監査等委員会の推薦を受けているはずなので、選任された場合には大株主側に与する可能性が高い(おそらく)。つまり、大株主側が取締役会の過半数を握れる可能性があります。

大激戦になることを喜ぶわけではなく、ここで私が申し上げたいことは、監査等委員会が会社の有事に前面に出る場合には(といいますか前面に出なければ善管注意義務違反になってしまうおそれがありますが)、こういった支配権争いの場面においてもキャスティングボートを握る可能性がある、ということです。その鍵を握るのが、まさに他の取締役よりも監査等委員である取締役の任期が長い、ということと、議決権を持つ取締役(監査等委員)候補者について、監査等委員会が選任議案を請求できる、という監査等委員会設置会社の特色にあります(監査役会が監査役選任議案を請求できる場合とは大きく異なります)。

3500社余りの日本の上場会社のうち、すでに1000社を超える上場会社が監査等委員会設置会社であり、この6月総会でも監査等委員会設置会社に移行する企業が増えそうな気配です。しかしながら、社長が知らないところで企業不祥事が発生した場合(天馬社のようなケース)や、経営方針の相違によって大株主と現経営陣で支配権争いが生じるようなケースでは、監査等委員会が前面に出ることによって趨勢が変わる可能性が高い、ということを理解している会社がどれほどあるのでしょうか?

もちろん、監査役さんだって社長と本気で対峙すれば「強大な権限」を武器に、社長を震撼させることはできます。私もこれまで「こんな総会直前に、監査役さんの自宅に深夜に伺うなんて、思いもしなかったよ」と嘆く社長さんを何人が見てきました。しかし「違法性監査」で戦う監査役さんと「妥当性監査」で戦う監査等委員とでは戦うハードルの高さが違います。「違法性監査」で戦うにはかなりの勇気を伴いますし、ピエロになる覚悟も必要かもしれません。一方、法的責任ではなく経営責任を問う(議決権を行使する)ことで戦える監査等委員は、(委員の過半数を握れば)いざという時にモノが言いやすいと思います。

「いや~(笑)、ウチの監査等委員の方々はみんな監査役から『横すべり』で取締役になった人ばかりだから。そんな甲斐性あるわけないでしょう(笑)」と笑っておられるソコの社長さん!(/・ω・)/ それは「正常性バイアス」にとりつかれています。関西電力だって、監査役(みなさん、以前は経営執行側の方々ばかり)がお世話になった関西経済界のトップを20億円の損害賠償を求めて提訴する時代ですよ。監査役、監査等委員の善管注意義務違反のリスクが認知されればされるほど、みなさん行動する可能性は高まるものと思います。とりわけビジネスの領域に新常識が到来する時期には・・・


編集部より:この記事は、弁護士、山口利昭氏のブログ 2020年6月17日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、山口氏のブログ「ビジネス法務の部屋」をご覧ください。