変化できる集団だけが生き残る

池田 信夫

自民党ツイッターより

自民党のツイッターが炎上している。憲法改正をダーウィンにからめたマンガに朝日新聞が「進化論の誤用だ」とケチをつけ、 その後も毎日新聞などが取り上げ、文春オンラインまで取り上げた。

「唯一生き残れる者は変化できる者である」というのは、有名なダーウィンのフェイク引用である。これは私も去年12月のツイートで指摘したが、茂木外相の好きな言葉らしい。

マスコミはこれを「進化論の誤用」だと批判しているが、これは間違いだ。たとえば佐倉統氏は「進化論は優生学などに悪用された歴史があり、社会的な問題を進化で論じることには慎重な上にも慎重であるべきだ」というが、これこそ進化論の誤用である。

彼は「優生学」を悪の代名詞のように使っているが、マックス・ウェーバーも優生学を研究していた。それは「環境変化に適応した集団が生き残る」という点では正しく、ダーウィンも集団レベルの淘汰を認めていた。

優生学はヒトラーが民族浄化に悪用し、戦後は公民権運動で遺伝的な優劣を論じること自体がタブーになった。その行き着く先が昨今の黒人暴動である。こういうポリコレが進化論を大きくゆがめてきた。

さらに「適者生存」を否定する国会議員までいるが、環境変化に適応できる者だけが生き残る適者生存は進化論のコアであり、それは集団にも適用されるのだ。

同じ場所にとどまるには走り続けなければならない

多くの動物は有性生殖だが、これはちょっと考えると不合理である。オスとメスが出会わないと子をつくれない有性生殖より単に細胞分裂する無性生殖のほうが繁殖率は高く、現に生物の大部分を占める単細胞生物は無性生殖である。

ところが複雑な生物ほど有性生殖になり、脊椎動物はすべて有性生殖である。これはなぜだろうか。その一つの答が赤の女王仮説である。これは『鏡の国のアリス』の次のようなエピソードにちなんだものだ。

この世界では、すべてがあべこべで、アリスが女王と一緒に走ってもまわりの風景は変わりません。

アリスが驚いて「まあ、まるでずっとこの木の下にいたみたいだわ! なにもかももとのまま!」というと、女王はこう答えます。

ここでは同じ場所にとどまるだけで、もう必死で走らなきゃいけないんだよ。そしてどっかよそに行くつもりなら、せめてその倍の速さで走らないとね!」

『鏡の国のアリス』より

これは有性生殖を説明する仮説である。無性生殖だとすべての個体の遺伝子が同じなので、たとえばウイルスが感染したら全滅するが、有性生殖のDNAの半分は劣性遺伝子である。これは普通は出てこない不利な形質だが、環境変化でそれが逆転する場合もある。

全滅のリスクは多細胞生物ほど大きい。単細胞生物なら一つのウイルスで全滅しても、他のコロニーに遺伝子が残っているかもしれないが、大きな動物が全滅すると集団は二度と再建できない。それにそなえて劣性遺伝子をバックアップとしてもち、それをもつ個体が生き残るのだ。

だから有性生殖は、変化の激しい環境ほど有利になる。ミジンコは環境が一定のときは無性生殖で、環境が悪化すると有性生殖になるという。進化で生き残るのは(ある環境で)もっとも強い集団ではなく、あらゆる環境変化に対応できる多様性をもつ集団なのだ。

コロナ騒動も、ヨーロッパ圏で公衆衛生に安住して予防接種をやめ、免疫力が弱まったことが一つの原因だろう。変化する者だけが生き残るのは、資本主義の原則でもある。憲法に適用するのも間違いではないが、これを宣伝している自民党は速く変化しているとはいいがたい。

7月からのアゴラ読書塾「疫病と文明」では、こうした社会科学の目で感染症を考え、歴史の見方を変えてみたい。