独の2人の女性指導者の出番だ!

欧州連合(EU)はここ数年、想定外の出来事に次々と直面してきた。米国、中国に次ぐ第3の核として世界の政治、外交に大きな影響を与える計画だったが、その夢の実現に前進するどころか、EUの存続すら疑われる事態に陥っている。

▲フォン・デア・ライエン委員長(左)とメルケル独首相(いずれもウィキぺディアから)

そのような危機に瀕しているEUは今年下半期(2020年7月1日から12月31日)、2人のドイツ人女性指導者を迎え、沈みかかった船のかじ取りを委ねる。1人はジャン=クロード・ユンケル氏の後継者に選出されたフォン・デア・ライエンEU委員長だ。もう1人は、政界引退表明で政治的影響力を失ったと受け取られてきたドイツのメルケル首相だ。

ドイツは今年下半期のEU理事国で、議長はメルケル首相が務める。すなわち、EU委員会のトップ、フォン・デア・ライエン委員長と理事国議長のメルケル首相という2人のドイツ人女性指導者がEUの再生に取り掛かるわけだ。

2人はドイツでは政治的子弟関係と受け取られてきた。メルケル首相は過去15年間の政権下において、医師出身で7人の子供の母親でもあるフォン・デア・ライエン委員長をさまざまな閣僚ポスト(家庭相、労働相、国防相)に抜擢してきた。同委員長はポスト・メルケルの最有力候補者とみられてきた時期があったほどだ。メルケル首相は65歳、委員長は61歳で年齢差はほとんどないこともあって、相互の理解で大きな困難はない。

マクロン仏大統領がフォン・デア・ライエン女史を委員長に推薦した時、メルケル首相には大きな抵抗はなかった。幼少時代13年間、ブリュッセルで過ごしたフォン・デア・ライエン委員長は委員長に就任が決まった時、「故郷に戻ったような気分だ」と述べ、EU委員長ポストを喜んだという話が伝わっている。

一方、「EUの顔」と久しくいわれてきたメルケル首相の過去15年間は山あり谷ありで、決して平坦な道ではなかった。特に、社会民主党(SPD)との第4次連立政権が発足するまでは大変だった。その後は外国首脳を迎えた歓迎式典で体が震えるなど、積み重なった精神的ストレスから生じる身体の不調問題が浮上した。そして2018年10月、与党「キリスト教民主同盟」(CDU)党首と連邦首相の兼任をやめ、党首職をクランプ=カレンバウアー氏(現国防相)に譲り、首相ポストを2021年の任期満了まで務めた後、政界から引退する意向を明らかにした。その結果、メルケル首相の政治力は急速に失われていった。

そのメルケル首相を甦えらせたのは、中国発の新型コロナウイルスの欧州感染という想定外の危機だった。“死に体”と思われたメルケル首相は国内では7500億ユーロ超の新型コロナ対策を打ち出し、新型コロナの影響を受けている労働者や企業の支援に約100億ユーロを拠出するなど、国民経済の救済に積極的に乗り出す一方、新型コロナ感染でダメージを受けた加盟国への「復興基金」の創設で大きな役割を果たし、EUの舞台でも久しぶりに存在感を発揮してきた。幸い、ドイツの新型コロナの感染はイタリア、フランス、スぺインのような大感染とならずに済んでいることもあって、メルケル首相の政治力は域内外で評価されてきた経緯がある(「新型コロナがメルケル氏を蘇らさせた」2020年4月27日参考)。

その2人のドイツ人女性が舞台をブリュッセルに移し、存続の危機にあるEUのかじ取りにいよいよ乗り出す。そこでEUの状況を簡単に振り返ってみた。

EUは2015年、中東・北アフリカから100万人を超える難民が殺到した時、受け入れをめぐって加盟国間で対立が表面化した。ハンガリーやポーランドの旧東欧加盟国はブリュッセル主導の難民分担枠を拒否する一方、外交面でロシア、中国に傾斜するなど、EUは政治、外交面で分裂が加速した。

そして今年に入り、中国武漢発の新型コロナウイルスが欧州内に侵入、イタリアで大感染し、世界を震撼させたばかりだ。オーストリアなど加盟国はブリュッセルとの協議もなく一方的に国境を閉鎖していった。「欧州の統合」を掲げ、前進してきたEUは難民の殺到、そして新型コロナ感染で国境を閉じなければならなかったわけだ。これはEUの理想の放棄を意味すると受け取られたとしても無理はない。

それだけではない。経済大国・英国のEU離脱(ブレグジット)でEUは、創設後初めて加盟国を失った。バルト3国の加盟国はロシアから軍事的圧力を受ける一方、EU域内への中国の影響力拡大、同盟国・米国との関係悪化など、EUは創設後最大の難問に直面している。

フォン・デア・ライエン委員長とメルケル首相の“ドイツ姉妹”が果たしてEUの課題を克服し、再生することに成功するだろうか。両女性指導者間には意思疎通では大きな問題はない。メルケル首相はフォン・デア・ライエン委員長に、「何事も先ず、ドイツに相談することを忘れないように」(独週刊誌シュピーゲル6月13日号)と釘を刺したという。それに対し、委員長がどのように答えたかは不明だが、ドイツ抜きでEUの諸問題は解決できないことを委員長自身が最もよく知っているはずだ。

「危機」は常にチャンスともなる、という言葉をよく聞く。2人のドイツ人女性指導者はEUの再生に向かってどのような連携を見せて取り組んでいくか、興味津々だ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2020年6月25日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。