毎年、友人が亡くなった踏切に、友人が亡くなった日に行く。
その時仲間だったやつらが、20年経っても今でも友達だ。
同窓会なんて行ったことはないけど、この慣習は20年欠かしていない。
ということで、去年書いた文章を以下に置いておきたい。いつまでも、共にあるために。
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独り言を書く。
20年前、僕は大学に入学した。仲良くなった仲間と、映画サークルを立ち上げた。映画を作る、という響きが胸を躍らせた。
文化祭に短編映画を発表する予定で、泊まりがけで撮影した。下手くそな脚本と素人丸出しの演技だったけど、何かを懸命に作るのは楽しかった。
その日も友人の家で泊まりがけで撮影し、編集しようとしていた。今泉という友人が、映画に使うBGMを(今はもう無い業態だけど)レンタルCD屋に借りに出ていった。
僕らは何十分経っても彼が帰らないことに気づいた。携帯も通じない。
友人の家から出ると、すぐそばの踏切で、電車が止まり、パトカーや救急車や多くの人がガヤガヤと集まっていた。
★☆
結局、今泉の学生証が電車の下から出てきたことを警察官から知らされ、僕らの世界は崩れ去った。
ついさっきまで自分と同じように笑って、怒って、バカな話をしていた友達が、もういない。
胸の中の柔らかいものが、握りつぶされたように痛んだ。
★☆
後で警察が教えてくれた。
踏切には60代の男性が先にいた。酔っ払っていたのか、死のうと思っていたのか。それは分からない。
そこにレンタルCD屋に行こうとした今泉が通りかかった。
電車は近づいていた。おそらくはそれは彼も分かっていただろう。
その状況で、今泉は踏切をくぐった。助けよう、と。
そして間に合わず、2人とも轢かれた。
★☆
何度も自分に問うた。
なぜ、自分がCDを借りに行かなかったのか。そうしたら、彼は死ななくて良かったのではないか。でも自分だったら、自分を犠牲にして踏切をくぐっただろうか。いや、できなかっただろう。なぜ彼はそんなことができたのか。間近に近づく電車のヘッドライトに包まれ、怖かっただろう。怖くてどうしようもなかった時に、なぜ一歩を踏み出せたのか。普通の、本当に普通の学生だった、彼が。
そこに光を見た。人間の中に宿る光を。
見たことも無い赤の他人のために、命をかけられる崇高さが、我々の中にあったなんて。
自分の人生は、そこから変わった。
少なくとも、それまでのようには、生きられなかった。
追いかけたかった。いつか自分が死んでもう一度彼と会った時、俺は君に恥じない人生を歩んだぞ、と伝えたかった。
見ていてくれたかい、と。
★☆
こんな昔話を書くのは、書かなければ、今泉の存在が忘れられるからだ。人は二度死ぬ。一度目は体が無くなった時に。二度目は、人の心からいなくなった時に。
できれば、今泉が誰かの心に生き続けてほしい。
そして自分自身の中で薄れゆく彼の記憶が、書くことで自分の中で消えていかないようにしたくて。
あれから20年も経った。自分の心の中でも、ちょっとずつ消えていってしまう。行かないで、と思うけど。ちょっとずつ。
少しでもあがこうと、毎年彼が消えた踏切に行っている。仲間たちもそこで会う。1年に1回の、同窓会みたいなものだ。
これからも何度でも同じ独り言を繰り返そう。
何度でも。
いつか君に会えるまで。
編集部より:この記事は、認定NPO法人フローレンス代表理事、駒崎弘樹氏のブログ 2020年6月26日の投稿を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は駒崎弘樹BLOGをご覧ください。