6月26日に開催された天馬社の定時株主総会では、創業家出身者を含め、海外贈賄事件に関与したとされる3名の経営陣の再任が否決されました。機関投資家は企業不祥事に関与した経営陣の再選には厳しい姿勢で臨む時代になったと(昨日のエントリーにて)申し上げましたが、総会終了直後の取締役会では、私もまったく予想していなかったような驚くべき事態が発生したようです。
6月29日の日経ビジネスオンラインの有料記事によりますと、当該取締役会では執行役員人事が諮られ、さきほど総会で取締役選任議案が否決されたばかりのK氏を執行役員に選定する決議が通ったそうです(ちなみに、元CFOの方を含め、他の否決された2名の方々も執行役員として返り咲いたのでしょうかね?天馬社のHPが総会後に更新されておりませんのでよくわかりません…)。
現状の取締役会の構成は、会社側6名・株主側3名ですが、当該K氏の執行役員選定議案については(紛糾の末)賛成5、反対3、棄権1ということでギリギリ可決された、とのこと。(棄権されたのは弁護士の新任社外取締役の方で、第三者委員会等でもご活躍の方ですね)。
上記日経ビジネス記事によりますと、当該取締役会はK氏の執行役員選定にあたって紛糾したそうですが、たしかに紛糾するでしょうね。いくら取締役と執行役員は違うと言っても、天馬社の重要な業務執行に関わる点では同様でしょう。
天馬社は監査等委員会設置会社です。定款がどうなっているのかは調べておりませんが、今回の定時株主総会で社外取締役が過半数となったので、重要な業務執行権限を(取締役会決議で)取締役に委ねることができます。ということは、K氏も(委任された取締役からの再委任によって)重要な業務執行の決定権限を持てることになります(もともと社長候補者だった方ですから、当然といえば当然ですが)。
多くの株主が「役員にふさわしくない」として否決したにも関わらず、その直後に「取締役としてふさわしくない」とされた元経営者を執行役員に選定するということが、果たして株主の意思に沿う行動、もしくは株主から信認を得られる行動と言えるのかどうか。上記のとおり、天馬社は過半数を社外取締役で構成される監査等委員会設置会社ですから、いわゆるモニタリング型のガバナンスを採用することになると思いますが、果たして社外取締役に適切な監督機能が期待できるのかどうか。ちなみに、天馬社の臨時報告書によって公表された「総会における16名の取締役候補者の得票数」をみても、株主側候補者である執行役員の方々よりも、K氏は得票数が少ないようです。
とりわけ会社の有事における社外取締役は、株主共同利益のため、ステークホルダーの利益のために、経営陣と緊張関係をもって行動することが要求されます(このあたりは令和元年改正会社法施行後の社外取締役を見据えて、6月30日頃に公表される経産省CGS研究会(第2期)「社外取締役の在り方に関する実務指針」でも経営陣への監督機能が強く求められています)。諸事情あるかもしれませんが、外部からどうみえるか、ということを、社内人事権の行使の場面でも尊重すべきでしょう(←これは令和元年改正会社法によって「社外取締役の1人以上の設置の義務付け」が立法化された理由とも関係します。この点はまた別の機会に)。
私なら、会社側候補者として選任されたとしても、この弁護士の社外取締役と同様に反対票(すくなくとも棄権票)を投じると思います。
ところで天馬社の経営権争いは、総会で決着がついたわけではないように思います。というのも、監査等委員会が元経営陣の責任の有無および訴訟提起の是非を判断するための「責任調査委員会」を設置して、現在その審議が継続しているからです。当該委員会の報告書次第ではありますが、元経営者の方々の責任が認められるような事態となれば、監査等委員会は(取締役会とは並列関係に立つものであり、議事録さえ取締役会に見せることを拒絶できる立場にありますので)元経営陣を提訴する、ということも十分予想されます。
もちろん監査等委員会と取締役会との意見の相違は「経営権争い」とは言えませんが、経営の正常化を図るためには大株主側と手を結ぶことは考えられます。一方の会社側も、経営の正常化を図るために監査等委員である取締役の改選や監査費用の締め付け等によって対抗する可能性もあります。
多くの方の興味とは少し視点が異なるかもしれませんが、監査等委員会設置会社の有事対応に関心を抱く私としては、本件はたいへん興味深い事件であり、今後も注視しておきたいと思います。最後に(今更ながら、の感想ですが)大株主側も社外取締役の候補者を増やしていたらどうなっていたのだとうか…と、天馬社の臨時報告書を読んで若干の疑問が湧いてきました。
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最後になりますが、渡邊彩香プロ、5年ぶりのツアー優勝おめでとうございます!「いい部屋ネットレディース」は残念ながら中止となり、凱旋のお姿を拝見することはできませんが、スポンサー企業の末席の役員として、心よりお祝い申し上げます。ものすごく元気と勇気をもらいました。
編集部より:この記事は、弁護士、山口利昭氏のブログ 2020年6月30日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、山口氏のブログ「ビジネス法務の部屋」をご覧ください。