イランの首都テヘラン西部で10日未明、現地のメディア報道によると数カ所で爆発事故が起きた。ソーシャルメディアによれば、テヘラン西部地域で複数回の爆発音が聞かれ、1件の爆発は「非常に大きく、一部停電が発生した」という。イラン当局は同爆発事故についてこれまで何も発表していない。

2014年、イランの核開発について協議するIEAE理事会(IAEA Imagebank/Flickr)

イランでは先週もテヘラン東部の軍事関連施設パルチンでガス貯蔵タンクが爆発、北部の医療クリニックでも同様のガス漏れが起きた。そして中部ナタンツの原子力関連施設では2日、火災が発生した。同施設はウラン濃縮用の遠心分離機を製造する核開発の重要拠点だ。火災直後、「イスラエル側のサイバー攻撃だ」というニュースが流れた。

イラン当局はナタンツの火災事故について、火災事故調査専門家の他、治安関係者も加わって原因を調査中という。同国外務省のアッバス・ムサビ報道官は9日夜、「事故調査が進行中なので、現時点では何も言えない」と強調する一方、「事故が外部勢力の関与、サボタージュで発生したことが判明すれば、わが国もそれ相応の対応をする」と述べたが、イスラエルの関与説については言及を避けた。

ナタンツで火災が発生した直後、イラン当局は「火災は小規模で被害は小さい」と述べていたが、ここにきて「火災は大きな被害をもたらした」と最初の報告を修正している。

イランの核関連施設の火災が報じられると、イスラエルの関与が囁かれるのにはそれなりの理由がある。イランで過去、複数の核物理学者が殺された。このコラム欄でも「『イラン核物理学者連続殺人』の謎」(2011年9月15日)、「誰がイラン核学者を暗殺したか?」(2011年9月22日)で報告したが、イラン側の説明によると、2010年1月12日には、テヘラン大学の核物理学者マスード・アリモハンマディ教授がオートバイに仕掛けられた高性能爆弾で殺害された。2011年7月23日には、テヘランの自宅前で同国の物理学者ダリウシュ・レザイネジャド氏が何者かに暗殺されている。同国核物理学者のシャラム・アミリ教授はサウジアラビアへ巡礼に行って以来、行方不明となった、といった具合だ。そして、それらの殺人事件の背景として、イランの核開発を警戒するイスラエル情報機関モサドの関与説が当時、濃厚だった。

イランの核問題は新型コロナウイルスの感染問題もあって、メディアの扱いはここにきて小さくなってきているが、状況は危機的な域に入っている。ウィーンに本部を置く国際原子力機関(IAEA)は先月19日、定例理事会を開き、イランの核問題で「テヘランは未申告の核開発の疑いがある2カ所の核関連施設への査察を拒否している」として、イランに全面的、タイムリーにIAEAの査察を受け入れるように求めた決議を賛成多数(賛成25票、反対2票、棄権7票)で採択したばかりだ。IAEA理事会がイランを批判する決議を採択したのは2012年以来のことだ。

核協議はイランと米英仏中露の国連安保理常任理事国にドイツが参加してウィーンで協議が続けられ、2015年7月、イランと6カ国は包括的共同行動計画(JCPOA)で合意が実現した。イラン核合意は13年間の外交交渉の成果として評価されたが、トランプ大統領が2018年5月、「イラン核合意は不十分であり、イランの核開発を阻止できない上、テヘランは国際テロを支援している」として、核合意から離脱を宣言、同時に対イラン制裁を再開したことから、イラン側の対応が強硬になってきた。

イランは、「欧州連合(EU)を含む欧州3国がイランの利益を守るならば、核合意を維持するが、それが難しい場合、わが国は核開発計画を再開する」と主張し、「核合意の履行義務を段階的に放棄し、ウラン濃縮を進める」と表明。先月5日に発表したIAEAの「最新イラン報告書」によれば、イランの低濃縮ウランの貯蔵量は5月には1571.6キロに達し、濃縮度も合意の上限3.67%を超えて4.5%だ。

一方、イランの国民経済は一段と厳しくなってきた。米政府の制裁再発動を受け、通貨リアルは米ドルに対し、その価値を大きく失う一方、国内ではロウハニ政権への批判だけではなく、精神的指導者ハメネイ師への批判まで飛び出すなど、ホメイニ師主導のイラン革命(1979年)以来、同国は最大の危機に陥っている。そこに中国発の新型コロナウイルスの感染が広がり、国民は医療品を手に入れることも難しくなっている。

そのような状況下で不審な爆発事件、原子力関連施設の火災が発生したわけだ。単なる事故か、何らかの政治的思惑がその背後にあるのか。考えられるシナリオをまとめる。

①イランの核開発を恐れるイスラエル側の関与(サイバー攻撃)
②イラン国内の反体制派のサボタージュ
③爆発や火災の背後に外部勢力の関与があるとして、国民の関心を外に向けさせ、国内問題をそらす国内強硬派の仕業

当方は現時点では、①と②が有力と考えている。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2020年7月11日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。