祇園祭と五山の送り火の縮小
2020年、京都の夏の始まりを告げる【祇園祭】は規模を縮小しての開催、【山鉾巡行】【神輿渡御】が中止になりました。また、京都の夏を終わりを告げる【五山送り火】も規模を縮小しての開催となります。
京都・祇園祭の山鉾巡行が中止へ 感染拡大で58年ぶり
朝日新聞[2020年4月17日]
日本三大祭りの一つで、毎年7月に開催される京都・祇園祭の山鉾(やまほこ)巡行が新型コロナウイルス感染拡大の影響で、中止される見通しとなった。
山鉾巡行は前祭(さきまつり)(17日)に23基、後祭(あとまつり)(24日)に11基の山鉾が出る。昨年の前祭の巡行には約12万人の観光客らが詰めかけた。観光客だけでなく、山鉾に乗り込む人らも密集するため、新型コロナウイルス感染が広がる中、安全を確保するのは難しく、中止する方向で検討することになった。
あの「大」の字もほぼ読めず…五山送り火、密集避ける
朝日新聞[2020年6月27日]
京都の夏の風物詩、お盆に迎えた先祖の霊を送り出す伝統行事「京都五山送り火」(8月16日)が、新型コロナウイルスの影響で規模が縮小される。主催する京都五山送り火連合会が27日、発表した。「火床(ひどこ)」と呼ばれる火をともす場所の数を大幅に減らし、おなじみの「大」などの文字が浮かび上がることはない。
新型コロナウイルスの疫病対策による今夏の祇園祭と五山の送り火の縮小は祭の信仰者にとっては極めて複雑な現実であると考えます。というのも、祇園祭は【疫病対策】のための祭であり、この対策を実施した上で盆に先祖の霊を迎え入れ五山の送り火で再び浄土に送るという理念が古来から続く京都市民の【民間信仰】であるからです。この記事では、祇園祭から五山の送り火へとつながる京都の盆の行事について、私が過去に撮った写真を交えながら紹介した上で、日本人の疫病に対する宗教観について考えてみたいと思います。
なお最初にことわっておきますが、私はあらゆる宗教をまったく信仰していません。しかしながら、長期間にわたって培われてきた宗教の【精神文化】についてはリスペクトしています。祇園祭と五山の送り火といった京都の民間信仰もその一つです。一つの一貫した価値観をベースにしたストーリーで人間の生死を解釈することは一つの芸術であり、人間の思考回路が生んだ文化として知的好奇心を強く揺さぶられるところです。
日本古来の二大宗教イヴェント
日本社会には、1年に2つの大きな宗教イベントがあります。それは【正月】と【盆】です。正月は家に歳神と呼ばれる【神霊】を招き入れる信仰であり、盆は家に【祖霊】(先祖の霊)を招き入れる信仰です。非常に間違いやすいのですが、そもそも日本の正月においては旧暦の1月15日、盆においては旧暦の7月15日が最も重要な日となります。正月と盆は、明治維新に至るまで【太陰太陽暦 lunisolar calendar】を採用した日本において、厳密に半年離れた対称的な満月の日をメインとする宗教行事なのです。
太陰太陽暦では、新月の日を「月」の初めの「一日(ついたち)」とし、満月の日を「十五日」とします。基本的に1月の一日は、【太陽暦 solar calendar】の【立春】(冬至と春分の中間日)と最も近い新月の日です。
一方、お盆の月である7月の1日は、1月の1日から6か月が経過した新月の日であり、結果的に太陽暦の【立秋】(夏至と秋分の中間日)に近くなります。ちなみに日本では、立春は1年で気温が最低になる時期に当たり、立秋は1年で気温が最高になる時期に当たります。
さて、日本は明治時代に旧暦の太陰太陽暦から新暦の太陽暦に移行した際に、年中行事を新暦に割り当てたり、旧暦に割り当てたりしました。このため、行事の順序が支離滅裂になり、過去の精神文化を理解するのが非常に困難になっています。ここで、旧暦で考えると、正月と盆の関連行事の日程に明瞭な類似点があることがわかります。
正月(旧暦)
12月31日 年越の祓(節分)
01月01日 (立春)
01月07日 七草
01月15日 正月
01月16日 お焚き上げ(15日の場合もあり)
盆(旧暦)
06月30日 夏越の祓
07月01日 (立秋)
07月07日 七夕
07月15日 盆
07月16日 送り火
まず12月の大晦日に行われる【年越の祓】と6月の晦日に行われる【夏越の祓】は、【厄(やく)】をもたらす【穢れ(けがれ)】を【祓う(はらう)】【大祓い】と呼ばれる神道の【儀式 ceremony】です。京都祇園の八坂神社では、年越の祓において、【茅の輪くぐり】が行われ、「をけら火」を家に持ち帰ります。
一方、夏越の祓においても、茅の輪くぐりが行われます。この行事によって疫病(あるいは凶事)の原因となる穢れを祓い、新月を迎えるわけです。この行事は、新型コロナ対策に類比すれば「うがい・手洗いの励行」に相当しますが、近代医学がなかった過去の世界においては、物理的な行動ではなく、精神的な祈りをもってこれに代えてきたのです。それというのも、疫病という「厄」をもたらす「穢れ」として考えられたものは、けっして病原菌ではなく、為政者の理不尽な措置で非業の死を遂げた【怨霊】などによる【呪い】であったからです。
ちなみに現在は旧暦の6月30日(晦日)を見立てて、新暦の6月30日に八坂神社の本社で、新暦の7月31日に八坂神社の摂社の疫神社(蘇民将来社)で茅の輪くぐりが行われています。このうち、正統な流れは疫神社の茅の輪くぐりです。
新月を迎えるにあたっては、何日か前後しますが、太陽暦における立春・立秋の行事が行われます。まず立春については、その前日の【節分】に、鬼門(京都では吉田神社)及び裏鬼門(京都では壬生寺)を中心に「豆まき」などによって【悪霊祓い】の神事(イザナギノミコトの黄泉の国神話に由来)を行うことで邪気(鬼)の侵入を防ぎます。
この神事は、新型コロナ対策に類比すれば「入国規制」に相当します。翌日の立春では新たに水を汲んで食事を作ったりお茶を入れたりします。これは邪気を祓う「若水」と呼ばれます。一方、立秋については、盆の用意が開始されます。京都では、六道珍皇寺でつかれる「迎え鐘」という仏事が有名です。これは祖霊に帰還を呼びかけるものです。
7日には、それぞれ【七草】【七夕】の行事があります。これらはいずれも【物忌み(ものいみ)】の儀式です。物忌みとは穢れを避けて心身を清浄に維持する行為です。七草では邪気を払う食物により身を清めます。一方で七夕は心身を清潔に保つ【禊(みそぎ)】の儀式です。現在の京都では新暦8月7日を旧暦7月7日に見立てています。穢れの無い状態を保ったままで神霊・祖霊を迎えるのです。新型コロナ対策で言えば「自粛」に相当します。
満月の15日の日は正月・盆の日です。正月には門松、盆には高野槙が霊の【依代(よりしろ)】となります。なお、盆には【盂蘭盆会(うらぼんえ)】と呼ばれる戸外の仏事が行われます。これは657年に女帝の斉明天皇が始めたものです。そして正月においては15日または翌16日に門松・しめ縄等を焼く【左義長(さぎちょう)】という【送り火】で神霊を送り、盆においては16日に素焼きの焙烙を使った送り火で祖霊を送ります。
日本人は、このように毎年繰り返される二大宗教イヴェントによって、知らず知らずのうちに穢れ祓いと物忌みの行動を身につけ、心身を清潔に保つことが疫病対策で最も重要であるという感覚を持つに至りました。個人が所有する箸を使ってものを食し、家の中では靴を脱ぐという行動様式はこの精神性の伝統であり、現在の日本国民にも受け継がれています。このことはコロナ対策にも少なからずポジティヴな影響を与えているものと考えられます。
さて、この一連の宗教的行事の中心地は千年の都である京都です。その京都の盆のプロセスにおけるプロローグが祇園祭であり、ドラマティックなエンディングが五山の送り火なのです。
祇園祭
祇園祭とは、夏越の祓を効果的に行うための事前対策の神事(神仏習合)です。
祇園祭において観光客に人気があるのは、宵山から山鉾巡行までですが、実はこれは祇園祭の前座に過ぎません。
その宗教的行事のメインは旧暦6月7日から6月14日にあります。祭の通常のプロシージャーは次の通りです。
(1) 山鉾巡行(前の祭) 7月17日(旧暦6月7日)
山鉾を市中に巡行させて厄を及ぼす怨霊を太鼓で囃して鎮めた上で山鉾に依りつかせ、巡行後に山鉾を即座に解体することで怨霊を一掃するというぼちぼち悪賢い戦術です(笑)。新型コロナ対策で言えば「マスクによるウイルスのフィルタリング」に相当します。
(2) 神幸祭 7月17日(旧暦6月7日)
山鉾巡行は祇園祭の前座であり、神幸祭こそが祇園祭のメイン・イヴェントです。凶暴な荒ぶる神であることから都の外の祇園社(祇園は鴨川の東なので都の外に位置します)に鎮座させているスサノオノミコトと妻のクシイナダヒメ、そして8人の息子を神輿で都の内の御旅所に迎え入れる行事です。厄を及ぼす怨霊という強力な毒をスサノオノミコトという強力な毒をもって制するのが祇園祭の戦術なのです。
(3) 御旅所参拝 7月17日~7月14日(旧暦6月7日~6月14日)
京都の市民は、都の中に設置された御旅所でスサノオノミコトを参拝します。御旅所は、過去には四条烏丸下ルの大政所と少将井に置かれましたが、現在は四条寺町に設置されています。この参拝は、過去の京都市民にとってはワクチンの予防接種のような感覚であったと推察されます。
(4) 山鉾巡行(後の祭) 7月24日(旧暦6月14日)
前祭と同様に山鉾が市中を巡行して怨霊を一掃する行事です。交通の混雑緩和のため1966年以来休止されていましたが、2014年から復活しました。このことは宗教的な意義が大きいと言えますが、さらにその意義を高めるためには、巡行ルートも過去に戻すべきであると私は考えます[記事]。
(5) 還幸祭 7月24日(旧暦6月14日)
スサノオノミコトをそのまま市中に置くと悪事を働くので、怨霊を封じ込めさせた後に京都の外に戻すという、いささか調子のいい行事です(笑)
この一連のプロセスを終えた後に夏越の祓を行い、心身に付着した穢れ(実質的には疫病)を完全に祓った上で先祖を迎え入れる準備を始めるというのが京都の民間信仰と言えます。2020年はこの「疫病対策」の行事が「疫病対策」のためにすべて中止になったわけです。
祇園祭の信者の皆様におかれましては非常に複雑な夏となったかと心中推察いたします。ただ、宗教の儀式は、あくまで教義のアブストラクトであり、継承して存続させることには大きな意味がありますが、いついかなる時も催行する必要があるとは言えません。密の回避が不必要となった時に、更にパワーアップして復活していただきたく強く思う次第です。
なお、祇園祭の詳細な考察につきましては、次の過去記事をご覧ください。
[京都の祇園祭の起源をひも解く]
[平安京の災害と怨霊と祇園祭]
[祇園祭のルーツを探る1]
[祇園祭のルーツを探る2]
[御霊会と3つの今宮神社の謎]
五山の送り火
盆の送り火を都市で大規模に実施しているのが、京都の五山の送り火です。
大文字・妙法・船形・左大文字・鳥居形と東から西へ時間差をつけて点火される光は、【西方浄土】への誘導灯であると私は解釈しています。詳しくはリンクの記事をお読み下さい。
→[五山送り火の起源の謎に挑む]
送り火は、高層建築物がなかった過去の京都において、ほとんどの場所から観ることができたものと考えられます。ちなみに、実際に近くで見ると非常に迫力があります。
なお、この十六日の夜は、太陰太陽暦を採用していた日本では常に満月に近い月があたりを照らしていたものと考えられます。最初に盆の日程を決めた人物は、夕方に昇って朝に沈む満月の動きをもって祖霊を西方浄土まで誘導させる考えだったのかもしれません。
疫病対策に対する日本人の宗教観
イザナギノミコトの禊神話に始まる日本の穢れ祓いと物忌みの信仰は、各時代に受け継がれ、疫病の原因は、大事に扱われなかった神や非業の死を遂げた怨霊の「荒ぶる魂」にあると長期間にわたり信じられてきました。
例えば、第10代崇神天皇は、治世に流行した疫病の原因として、自分が住む宮中に天照大神(アマテラス)と倭大国魂神を祀ったことが神の怒りを招いたものと考え、二柱をそれぞれ宮外に祀りました。また、崇神天皇は、天照大神に国譲りさせられた大国主神(オオクニヌシ)の荒ぶる魂ともされる三輪山の大物主神(オオモノヌシ)の怒りを鎮める対策も行いました。この大物主神こそ怨霊の原型に他なりません。また、次代の垂仁天皇は、天照大神が鎮座する恒久的な神宮を伊勢に建立し、穢れを祓った女性皇族を斎王として使わす伝統を作りました。
奈良時代に藤原四兄弟が次々と疫病で死んだのは、彼らの陰謀で非業の死を遂げた長屋王の祟りであると考えられました。この疫病対策に聖武天皇が東大寺を建立した可能性が多く指摘されています。
長岡京時代、平安時代初期に疫病が流行ったのは、当時非業の死を遂げた早良親王や伊予親王の怨霊と考えられ、怨霊を讃えて御霊に変えるための御霊神社が建立されました。そして、この御霊信仰の祭が発展したものこそが祇園祭なのです。
このように、日本では古来から疫病が発生する原因は「治世者の不徳の致すところ」つまり、政権の倫理違反にあると考えられてきました。非常に興味深いことに、この伝統は現在の世界でも引き継がれています。
コロナ禍においては、クルーズ船の対応や中国の渡航制限に関して、政府の対応が後手後手に回っているとして、マスメディアやオピニオン・リーダーから安倍政権はボロクソに非難され、最後には安倍首相の人格が否定されるに至りました。
しかしながら、安倍政権はクルーズ船の対応をソツなくこなし、中国からの感染も日本モデルによって完全に抑止しました。何よりも、動かしようのない事実として、日本は先進国の中で感染死亡率も最低です。それにもかかわらず、国民は、安倍政権のコロナ感染対策が不十分であると怒りをぶつけ、世界で最低の評価を下したのです。
私はこの低評価の大きな要因として、国民の不安を連日過激に煽って集団ヒステリーを引き起こしたテレビメディアという【誘因】と、「疫病を回避するために祈る」という習慣を持っている日本人の宗教観という【素因】が挙げられると思います。
キリスト教徒やイスラム教徒が万事は唯一神の意志に従うという宗教観を持つのに対して、日本人は特定の神仏を選んで祈ることで万事を解決するという他力本願を駆使する宗教観を持ちます。御利益がありそうな神社や寺に参拝し無病息災を祈るというのは、日本人なら誰もが経験したことであると考えます。
コロナ禍という大衆にはわかりにくい厄災が降りかかるなかでテレビメディアが連日にわたって政権を無能と放送すれば、大衆が「政権には御利益がない」と考え、別のオルタナティヴの登場を待つのは自然の流れです。そして、このオルタナティヴこそ小池都知事でした。
「やってる感」を最小限にとどめた安倍首相とは違って、小池都知事は「オーバーシュート」「ロックダウン」「密です」という魔法の言葉を使って「やってる感」を最大限出しました。「ロードマップ」も「東京アラート」も効果は認められませんでしたが、見事に支持率を上昇させ、選挙に勝ちました。石井妙子氏著『女帝 小池百合子』で「救世主か?怪物か?」と名指しされた小池都知事こそ、実は「毒をもって毒を制する」という日本古来の疫病対策に合致した存在であるのです。
勿論、疫病に勝つには、毒をもって毒を制するしかないかのような思い込みは非論理的です。疫病に勝つには、自然のメカニズムを根拠とする科学的対策のみが必要です。政治のリーダーに根拠のある【リスク対応】ではなく根拠のない【マジック・ワード】を求めがちな日本社会には意識改革が必要であると考える次第です。
編集部より:この記事は「マスメディア報道のメソドロジー」2020年7月13日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方はマスメディア報道のメソドロジーをご覧ください。