それでもトランプ氏を推す理由

長谷川 良

第45代米大統領、ドナルド・トランプ氏の再選に赤ランプが灯されている。米国の各種世論調査によると、対抗候補者、民主党のジョー・バイデン前副大統領(在任2009~17年)が約10ポイントの大差で先行している。

バイデン、トランプ(Skidmore /flickr)

現職大統領が圧倒的に有利といわれる再選で敗北した現職大統領は戦後、3人(フォード、カーター、父ブッシュ)しかいない。トランプ氏はその屈辱のサークル入りするか、残された4カ月間の終盤選で現職大統領の特権を駆使して巻き返しを図り、再選されるだろうか。

当方はトランプ氏を推す。同氏が立派な米大統領であり、過去4年間の実績が素晴らしいからではない。客観的にいえば、ツイッター外交を駆使するトランプ氏の言動は不安定であり、どう贔屓目に見ても米大統領としての品位に欠けている。

リベラルな米メディアからは“フェイク・ニュースの王”と冷笑され、CNNはファクトチェッキングでトランプ氏のフェイクの回数を数えているほどだ。トランプ氏批判はメディアからだけではない。最側近からも漏れだしてきた。ジョン・ボルトン前大統領補佐官の回顧録「それが起きた部屋」はその最先端をいく。トランプ氏の言動を最も身近な立場で見、聞いてきた人物の著書は、解雇(辞任)されたことから上司(大統領)に対する恨みつらみが影を落としているとはいえ、かなり説得力がある。

特に、米朝首脳会談の舞台裏はきつい内容がある。当方にとって、最も不快だった内容はトランプ氏と習近平国家主席との首脳会談でトランプ氏が語った内容だ。米農産物の中国輸出を交渉材料に中国に歩み寄る姿勢を示唆した場面は、トランプ氏らしい交渉スタイルだが、首肯できない。それだけではない。危険な前例となる。

最近では、大統領の若い時代の汚点が報じられている。トランプ氏の姪メアリー・トランプ氏が7月14日、出版した著書の中で、「トランプ氏が金で替え玉を使って大学進学適性試験(SAT)を受けた」という話だ。実証は難しく、法的に時効となった内容だろうが、トランプ氏嫌いの国民には「彼の人生は全ていい加減だ」というイメージを更に深めるだろう。

トランプ氏のマイナス材料は数え出したらきりがない。任期4年弱の間でこれほど多くのスキャンダル、不祥事で叩かれてきた米大統領はトランプ氏しかいないだろう。ロシアの米大統領選介入疑惑問題から、トランプ氏の不透明な財政問題まで、リベラルなメディアはトランプ叩きの材料には事欠かなかった。それにもかかわらず、バイデン氏とトランプ氏の間でどちらを推すか聞かれれば、当方は後者だ。

当方はこのコラム欄でバイデン氏のことを少し書いた。29歳で上院議員に初当選した直後、妻と娘を交通事故で失い、自分の後継者と期待していた長男(ジョセフ・ロビネット・ボー・バイデン)が2015年、脳腫瘍で亡くなるなど、家庭的には不幸が続いた。同氏はトップの地位ではなく、第2のポストで力を発揮するタイプだ。

バイデン氏が次期大統領になった場合、メディアの焦点は誰が副大統領に就任するかに注がれるだろう。現在77歳のバイデン氏は任期中に80代に突入するうえ、健康に問題があるというからだ。副大統領の人選は本番の大統領選よりも重要となるかもしれない(「人は『運命』に操られているのか」2019年10月20日参考)。

テーマに戻る。なぜ不祥事とスキャンダルの多いトランプ氏を推すかだ。当方には2つの理由がある。1つは、トランプ氏の厳格な対中政策だ(マイク・ペンス副大統領の功績が大きい)。2つ目は、あまのじゃくのように響くかもしれないが、トランプ氏が多くの人々から批判にさらされているからだ。世の中で批判にさらされている人物の中に時として真理があるからだ。

神の話をすれば、神話のように受け取られるかもしれないが、神は世界最強の米国の大統領選の行方に深い関心を注いでいるはずだ。そして神は時に考えられないような決定を下す。例えば、トランプ氏が尊敬するロナルド・レーガン大統領(在任1981~89年)の選挙を想起すれば理解出来るだろう。俳優出身のレーガン氏の勝利を予想した政治家、メディアは当時、少数派だったにも拘らず、結果は大勝利だった。

ボルトン氏の証言にあるように、トランプ氏は対中交渉を商談のように扱うようでは少々心細いが、それでもバイデン氏より中国共産党への判断はいい。米ペンシルベニア大学傘下の外交公共関係の団体「ペン・バイデン・センター」が、中国からの数千万ドルの寄付金を公開しなかったため、倫理団体が米国教育省に調査を求めたという情報が流れている。バイデン・センターは、バイデン氏が創設した公共政策提言組織だ。共和党と比べるとバイデン氏を含む民主党には、共産党政権への対応に揺れがあり、甘い。

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まとめる。次期米大統領選の最大問題は、トランプ氏とバイデン氏でどちらが対中政策で明確な立場を有しているかだ。新型コロナウイルス対策や経済政策、移民問題から医療対策まで多くの課題はあるが、対中政策こそ大統領選の行方を決めるテーマだ。

ただし、外交問題で有権者の心を捉えることには限界がある。大多数の国民は身近な経済問題、失業対策、医療保障、最近では人種差別問題などに関心がいく。バイデン氏はそれらを重点的に有権者に訴える選挙を進めていくはずだ。

トランプ氏は現職の強みを発揮して、有権者の関心事に対し大胆な経済支援政策を披露しなければならないが、中国共産党政権の人権弾圧、新型コロナ発生問題への責任追及をこれまで以上に力を入れるべきだ。米国民に中国共産党政権の実態を訴えるべきだ。

第2次冷戦は既に始まっている。第1次冷戦は欧米民主主義対ソ連・東欧共産圏との戦いだった。第2次冷戦は米国対中国の戦いだ。第1次冷戦は民主主義陣営が勝利したが、第2次冷戦の行方は決着がついていない。

不祥事と不誠実な言動に溢れていてもトランプ氏を推さざるを得ない理由は、トランプ氏が立派で人格者だからではない。福音教会派のキリスト者のトランプ氏がカトリック教徒のバイデン氏より敬虔だからでもない。ただ一つ、中国共産党政権への政策だ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2020年7月19日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。