なぜ、今、「ダム経営」なのか?

ダム経営と言っても山をせき止めてダムを造る話でもないし、三峡ダムの話でもありません。ダム経営の言葉が出てきたのは日経ビジネス最新号の特集「危機に強いぽっちゃり企業」に逸話として松下幸之助氏が「ダム経営」の話をし、それを聞いた稲盛和夫氏が「そのとき、私は本当にガツーンと感じたのです」というくだりです。私も知りませんでしたが、とても意味ある発想です。

(松下幸之助.comから:編集部)

(松下幸之助.comから:編集部)

ダム経営、この意味を松下幸之助ドットコム(公式サイトだそうです)から拾ってみます。長くなりますが、以下の通りです。

「事業経営は、いついかなるときでも健全に発展していかなければならないが、現実にはさまざまな経済要因に左右されてなかなか難しい。しかし、松下幸之助は『それはやり方次第で可能なこと』という。その一つの方法が“ダム経営”である。ダムは河川の水をせき止め、蓄えることによって、季節や天候などに影響されることなく、つねに一定量の水の供給を可能にする。そのダムのごとく経営にも設備、資金、人員、在庫、技術、企画や製品開発など、あらゆる分野に的確な見通しに基づいた適正な余裕をもてばよいというのである。この余裕は一見ムダのようにみえる。しかし、このムダは、経営の安定的な発展を保証する保険料なのだ」とあります。

では稲盛氏はなににがツーンと来たのか、といえば「『簡単な方法を教えてくれ』というふうな、そういうなまはんかな考えでは、事業経営はできない」(日経ビジネス)という教訓だそうです。

経営とは成熟期を迎えたらあらゆる方面を強化し、経済や社会環境の様々な変化に対応できるようにすることが経営者の本当の才能であります。稲盛氏は松下氏の「ダム」のリストに更に一つ、「人心」を加えたのかもしれません。従業員の心が荒んでいないか、仕事に愛があるか、これを加えて完成させたのがJALの再建だったと思います。

ところで日本電産が4-6月の決算発表を行い、永守会長がインタビューを受けています。売り上げは7%ほど落ちましたが利益は2%増で着地、事前予想を大きく上回りました。コロナ禍の真っ只中、しかも自動車向けなどモーターが主力の同社の決算がプラスというのは驚きであります。その永守会長のインタビューでは永守節がさく裂、経営者として全くブレない力強さを感じ取りました。なぜ、強かったのでしょうか?

私の見立ては永守氏もダム経営ではないかと思うのです。日産から関氏を社長で迎え入れ、両輪経営となり、一人ではカバーできなかった分野に目が行き届くようになった余裕は大きいでしょう。次に自動車向けモーターがダメでもパソコン向けモーターや5G向け冷却ファンさらにはEV向けモーターも伸びてきており、どこかの事業がダメでもほかでカバーできる幅広さがあるのです。これは一つの巨大なダムではなく、いくつものダムに分けることでリスクをヘッジしているともいえ、経営的手法としては極めて優れていると考えています。

90年代、日本が未曽有の不況になった際、銀行主導で「本業回帰」「コストカッター」が新たなる日本企業の生き方というトーンが蔓延したことに対し私は真っ向から反対していました。このブログでもかつて何度もそれは記してきています。日本が国際社会で敗北したのはこの銀行都合の本業回帰により海外の拠点を次々と閉め、人口も増えない国内に広義の意味でのrepatriation (本国回帰)を行ったことと断言してよいと思います。

それは企業に余力を与えず、乾いたタオルを絞るトヨタ方式を善としたことにもつながります。もちろん、トヨタのやり方を否定しているわけではありません。問題は多くの企業がそこの部分だけを単純に真似たことでトヨタとは企業体質が違うところもそれを良しとしたところにあります。

現代社会において人為的事件、経済的問題、天災など経営を直撃する衝撃的事象は本当によく起きるようになったと思います。私もいくつかの衝撃を乗り越えてきていますが、それはクッションがあったからこそ生き延びたともいえます。そのクッションとは「余力」なのです。ダムでいう貯水であり、何かあればそこから引っ張ってくる対策が打てたことであります。

読めない時代だからこそ、余裕を持つことは大切です。そして私が一番大切だと思うのは経営者は80%のチカラで勝負せよ、であります。20%は自分の鍛錬に使うこと、これが私のダムの貯水能力であります。

では今日はこのぐらいで。


編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2020年7月24日の記事より転載させていただきました。