連載⑬ コロナ第2波の正体は何か モンテカルロシミュレーションで検証

仁井田 浩二

RRice/写真AC

1.「第2波」の問題点

図1は陽性者数(赤線)、死亡者数(青線)の日毎変化のデータです(対数表示)。また、シミュレーションの「従来種」(紫線)と「弱毒種」(橙色)(後で詳しく論じます)とその合計の計算値(黒線)を示しています。

「第2波」の問題点は、陽性者数が増えても死亡者数が増加していないことです。

6月7日ころまでのデータは、陽性者の増加が2週間くらいの遅延で死亡者に反映しています。シミュレーションでは死亡率を7.6%とすると、陽性者数を再現できれば自動的に死亡者数は再現されます。しかし、「第2波」は、死亡率を7.6%でシミュレーションを続けると、死亡者数は陽性者の上昇に伴い急上昇していきますが、データには陽性者の上昇を見てから1ヶ月経つ現在も重傷者、死亡者の大きな上昇が見られません。

現在、死亡者は極端に数が少なく統計誤差が大きいので傾向を見るには不十分です。そこで、数が多い重症者の数を同じ図にプロットしてみました。赤紫線は、人工呼吸器を装着している人数、緑線はECMOの装着人数です(データはECMOnetから取りました)。両者とも死亡者のデータに重ねるため、人工呼吸器の装着者数は0.05倍、ECMO装着者数は0.3倍しています。いずれのデータも、シミュレーションの死亡者数(紫線、黒線)に良く重なっていて、「第2波」の陽性者数の急上昇だけが全く違う振舞いを示していることが分ります。

2.「第2波」はPCR検査の結果か

この急激な「第2波」の上昇は、大澤省次氏が指摘するように、PCR検査数の増加、及び、PCR検査機器の感度向上に原因があり、4月の状況ではカウントされなかった無症状、軽症者が計上されているものだと思われます。この状況をシミュレーションに正しく取り入れる方法は3つ考えられます。

まず、PCR陽性という条件以外の指標を用い「感染者」を再定義する。例えば、陽性者の中から入院が必要な中症状以上の人を「感染者」と定義する。ただ、問題は過去のデータも全て再定義する必要があること、また、無症状や軽症の人を指定感染症の指定から外すのか、というような機微な問題も関係するので。この方法は現実的には難しいかもしれません。

次は、現在の「陽性者」というデータのキャリブレーション(補正)をすることです。これは永江一石氏行ったことで、現在の陽性者のデータから、無症状の人の割合を算定し差し引くことによって、4月段階の「陽性者」の定義と同じものに補正する。そうすれば、「陽性者」と重症者、死亡者との連動が復活し、感染予報の指標になります。この方策の問題点は、無症状の人をどう明確に定義するかという点です。データとの検証が必要になります。これも少々難しそうです。

3.「弱毒種」の導入

最後が本連載で採用した方法です。1、2番目の方法が理学的な方法とすると、ここで導入した方法は工学的方法です。理学系の実験では測定された生データを、測定器個別の厚さや感度による誤差を補正して、より原理的な物理量、断面積とか生成率に変換し理論と比較します。工学系では逆に、扱う系がマクロで複雑な場合が多いので、シミュレーション側で現実の複雑な条件を取り込んで測定された生データと比較します。

測定されているPCR陽性者というデータはそのまま利用し、「弱毒種」という新しい種を設定します。この「弱毒種」は疫学上のウイルスの変種ではなく、シミュレーション上のシナリオです。シミュレーション側で無症状者の検査数の増大、PCR検査機器の精度の向上、重症者に対する医療技術の向上の効果を「弱毒種」という形で取り入れていることになります。

具体的には「従来種」と比較して、感染力が2倍(実効再生産数Rが2倍)で死亡率が20分の1という「弱毒種」を6月9日から導入し、陽性者数と死亡者数のデータをフィットします。「第2波」以前の感染に伴うものは、「在来種」としてそのまま感染を続けます。

4. 「第2波」は拡大しているのか

「第2波」の陽性者拡大は、検査数の増大と検査機器の感度の向上に原因がある。ここまでは首肯できます。しかし、「第2波は、既に社会に拡散している微量ウイルス保持者を発見しているに過ぎない、ウイルスの拡散は収まっているのだ」という議論があります。

この点を検証してみます。図2には、日毎のPCR検査人数(7日移動平均)を100分の1にしてプロットしてあります(水色線)。同時に6月19日以降の領域には、検査数(水色線)のガイドラインとして破線(橙色)を描いています。

ウイルス保持者が既に一定になっているなら、検査数の増加に応じて陽性者の数は増加します。この場合、その増加率の上限は検査数の増加率です。図2が示すように、陽性者の増加率は、はるかに検査数の増加率を上回りますから、実質的なウイルス保持者数の増大が起こっていると考えられます。例外は、検査数の増大に伴い検査機器の感度も日々上昇しているとか、検査という行為によって感染を拡大しているとか、検査数に関して非線形な効果がある場合ですが、現状考えにくいシナリオです。

5. 「第2波」の正体は何か

本稿では、細菌学やウイルス学で対象とするウイルスの変異によって誕生する「弱毒種」を扱うものではありません。

「弱毒種」の導入は、「第2波」の感染者の急上昇とそれと連動しない死亡者の動向を、シミュレーション上、矛盾なく説明するためのシナリオです。シミュレーション側で検査陽性者の急増の要因として含まれる、無症状者の検査数の増大、PCR検査機器の精度の向上、重症者への医療技術の向上の効果を「弱毒種」という形で取り入れていることになります。

本シナリオの重要な事は、ウイルスの「弱毒化」を模擬したのではなく、仮想「弱毒種」を導入したということです。シミュレーションでは「第1波」を形成した「従来種」は消えたわけではなく、現在もだいぶ収まったとはいえ4月と同様に感染を続け、死亡者を生んでいます(*)。

図1に示されているように、現在の死亡者のほとんどは「従来種」によって引き起こされています(*)。ただ、「弱毒種」では死亡者が出ないかというと、死亡率が「在来種」の20分の1とは言え、陽性者数が増加すれば見えてきます。実際、図1には、「弱毒種」による死亡者の寄与が見えていて、最近の重症者数上昇を再現しています。

結論として、「第2波」の正体は、ここでいう仮想「弱毒種」です。

  1. 「弱毒種」は、急激に感染拡大している。
  2. 「弱毒種」といえども、ある確率で死亡に至る。
  3. 「従来種」の感染は穏やかではあるが、現在も続いている。
  4. 「従来種」の感染をモニターできる指標が必要である。

新型コロナウイルスに関する情報で「しきい値」というのがあります。ウイルスに曝露したとき、ある「しきい値」以上の数のウイルスを吸入すると発病するとか、体内の症状の急変がある「しきい値」以上の数のウイルスが増殖すると起こるとか、同じウイルスなのに「しきい値」を境目に全く別の様相を示しめすことが報告されています。本稿で設定した「従来種」、「弱毒種」というのも同じウイルスの「しきい値」を境目とした2つの様相かもしれません。

6.コロナ「第2波」の短期予報

連載⑩の短期予報から2週間以上経過しましたが、7月の予報はほぼ当たりました。前回の連載⑫で、イスラエルのデータが日本と酷似していて、日本の23日の先行事例になっていることを述べましたが、その時、イスラエルのデータにピークアウトの兆候があったので、日本でもピークアウトを模擬してみました(図1、ピークアウトしない場合の結果を灰色の破線で示しています)。このシミュレーションによる7月、8月の短期予報です。ベンチマーク点は7月22日の厚生省データです。

(*) モンテカルロ法では、誰からの感染か、また、感染、発症、入院、死亡までの履歴を全て個人のイベントとして追うことが可能です。実効再生産数Rが直接計算できるのもこのためです。