地下室に籠るバイデン氏の「勝算」は

米大統領選挙がいよいよ佳境を入ってきた。民主党大統領候補にほぼ確実なジョー・バイデン氏(前副大統領)は8月第1週には副大統領候補者を公表するという。黒人か非白人系の候補者となると予想されている。一方、現職のドナルド・トランプ氏は新型コロナウイルスの感染対策に追われ、共和党大会の開催地も変更を余儀なくされるなど、相変わらずゴタゴタが続いている。複数の世論調査によると、バイデン氏が10ポイント前後、現職のトランプ氏を引き離して有利な選挙戦を展開しているといわれる。

▲マスクを着けて話すジョー・バイデン氏(バイデン氏のツイッターから)

ところで、大統領選で先行している「バイデン氏はどこにいるのか」という声がここにきて頻繁にメディアばかりか、有権者の間からも聞かれ出した。テレビの広告ではトランプ氏の4年間の実績を激しく批判し、健在だが、バイデン氏の生の声はあまり聞かれないからだ。

その謎が解けた。独週刊誌シュピーゲル最新号(7月25日号)は「ウィルミントンの幽霊」(Das Gespenst von Wilmington)という見出しでバイデン氏の近況をルボした記事を掲載している。バイデン氏の自宅があるウィルミントン市はノースカロイナ州南部の人口10万人の湾岸都市だ。日本のメディアでは次期大統領に最も近いといわれ出したバイデン氏の近況を少し報告する。

シュピーゲルによると、バイデン氏は自宅の地下室を即製スタジオ兼選挙対策事務所に改修し、そこからビデオでメッセージを有権者に送っているという。バイデン氏は普段、近くのスターバックスでコーヒーを飲んだり、近所の人と談笑する姿が目撃されたものだ。カトリック教徒のバイデン氏は時間があれば近くの教会にも顔を見せていたが、新型コロナウイルスが米国全土に猛威を振り、多数の国民が犠牲となっていることもあって、最近は自宅からほとんど外出しないという。シュピーゲルは「バイデン氏はいつまで地下室で身を隠しながら選挙戦を継続するつもりか」と疑問を呈しているほどだ。

もちろん、バイデン氏は地下室のソファーに座ってウイルスの侵入から77歳の身を守っているだけではないだろう。民主党の選挙対策関係者と頻繁にスマートフォンで連絡を取り、新しいメッセージを地下室を改造したビデオ・スタジオから支持者に送っている。

米大統領選は巨額の選挙資金が必要で、資金のない候補者は当選できないといわれてきたが、「バイデン氏は自宅の地下にこもり、そこからビデオメッセージを有権者に送るだけで、選挙集会やイベントは新型コロナ感染防止という理由で控えている。米大統領選史上、最も節約した選挙戦となる」と少々皮肉を込めて評する声が聞かれる有様だ。

バイデン氏は先日、久しぶりにオバマ前大統領と会見。オバマ氏は8年間自分を支えてくれたバイデン氏の選挙戦を全力で支持すると表明したばかりだ。シュピーゲルによると、「オバマ氏との会見でもバイデン氏はソーシャルディスタンスは1メートルどころではなく、2、3メートル離れていた」という。

バイデン氏はトランプ氏の失点もあって「当選間違いなし」といわれているだけに、「無理しない作戦」をしているのだろうか。オバマ氏の選挙対策責任者だったジム・メッシーナ氏は、「トランプ氏は新型コロナ対策のミス・マネージメントが追及される一方、人種差別抗議デモで強権を発動して国民に批判を受けている。バイデン氏が何もしなくても、相手が失点を重ねている」と評し、バイデン氏はもっぱらテレビ広告を通じてトランプ氏の失政を批判する選挙戦を展開させていることに理解を示す。メッシーナ氏は、「米国民はトランプ政権時代の混乱と騒動に疲れてきた。国民は静かな平静を求めてきた」と分析している。

バイデン氏の場合、8年間の副大統領時代もあって知名度に問題はない。問題があるとすれば、バイデン氏にはカリスマ性がなく、演説は無難だが退屈だということだ。最近は「えー」とか「あー」といって詰まるケースが多くなり、なめらかに語ることが出来ない。トランプ氏との3回のTV直接対決が予定されているだけに、トランプ流の激しい追及をバイデン氏がどのように切り返すことが出来るかという不安がある。

バイデン氏は外交問題の専門家だ。経済問題は実業界出身のトランプ氏の後塵を拝するというわけで、バーニー・サンダース上院議員(民主党大統領候補者)らと共同で政策作りに乗り出している。

共和党内には問題が多いトランプ氏の再選を歓迎しない動きが見られ出したが、民主党内でも「失政を繰返すトランプ氏を破る絶好のチャンスだが、高齢でカリスマ性のないバイデン氏で大丈夫だろうか」という懸念が聞かれるという。カリスマ性ゼロ、演説は退屈、77歳の高齢で一部認知症初期症状の気配も見られる。民主党関係者の懸念はある意味で当然だろう(「人は『運命』に操られているのか」2019年10月20日参考)。

新型コロナの感染を恐れて自宅から外出せず、地下室に籠っている77歳の民主党大統領候補者は世論調査が予想するほど、大統領選を有利に先行しているわけではないのかもしれない。

欧州メディアの中で最も取材力を誇る週刊誌といわれるシュピーゲルは、米大統領選では伝統的に民主党候補者を支持してきた。そのシュピーゲルは今回、「バイデン氏絶対有利」という世論調査結果に対し、直ぐには同調できない不安を感じ出しているのだ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2020年7月30日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。