「フィクションとノンフィクションの境目を判別することが難しくなるほど、リアリティに溢れた作品です。今後起こりうることを想定する上で、頭の体操に役立つと思います」。こう防衛省の友人から勧められて手に取ったのが、元海上自衛官で特別警備隊の創設に関わった伊藤祐靖著「邦人奪還」である。
「事件は会議室で起きてるんじゃない!現場で起きてるんだ!」とは、『踊る大捜査線』のクライマックスでブチ切れた青島俊作警部補の名言だ。本書を一言で要約せよと言われれば、この「現場」を「戦場」に置き換えるだけで事足りる。
無能な自衛隊最高幹部と、自分の出世と面子にしか興味のない直属の上官。拉致被害者奪還の特殊作戦実施前には、首相と官房長官に対して直接作戦内容をブリーフィングする、主人公で特別警備隊の藤井3佐。面子が潰れ嫉妬した自衛隊最高幹部らから妨害を受けながらも、「国家の意志に自分たちの命を捧げる」との強い覚悟とプロ意識で任務遂行に突き進む。平時では決して起こりえない設定であるが故に、物語の展開は読者の想像を越え、ページをめくる手が止まらない。
一方で『踊る大捜査線』との違いに敢えて言及すれば、不動の官房長官・手代木の存在だ。「法が国を支配しているのは平時だ。非常時は現実が国を支配し、その現実に見合った判断をするのが我々だ」と喝破する手代木は、冷徹なリアリストだ。
物事の勘所を押さえ、優先順位を設定し、何をしたいかではなく現状では何が出来るかを判断基準とする手代木が官邸にいたからこそ、特別警備隊が選抜されたと言える。ストーリーは官邸と現場を舞台に展開するため、手代木は隠れたもう一人の主役と言えるだろう。物語の最後でどんでん返しが繰り広げられるが、それもプロの政治家手代木だからこそ処置出来たと言える。
ある講演会後に著者を交えた懇親会に同席したことがある。もう一人の講演者である杉田水脈氏が場を盛り上げ、主催者が威勢良く相槌を打つ中、隅っこで背筋を伸ばし静かに飲んでいたのが著者であった。講演とは打って変わり、求められない限り自分からは無駄なことは一切しゃべらない寡黙なその姿は、時代劇に出てくる用心棒の浪人を思わせた。
「日本は毅然とした対応を!」と盛り上がる同席者を値踏みするような、鋭い眼光が今でも印象に残っている。モデルとなった藤井は、国旗、武士道、愛国心といったものは嫌いだろうと部下から問われ、こう返答した。
「俺は、明確な意思も覚悟もないくせに、そういうものを担ぎ出して徒党を組もうとする自称愛国者とかが嫌いなだけだ。世の中の風潮が変わったら、あっと言う間に意見を180度変えそうで信用できねえ」
永田町で禄を食む者として、有事への姿勢と覚悟を問われているようでドキリとした。
小林武史 国会議員秘書。カイロ・アメリカン大学国際関係論修士過程修了。