野党再生の道は、ここにあり。田村重信著「気配りが9割」

高橋 大輔

数ある「9割」本の中でも出色の一冊、その著者は

古くは「見た目」、最近では「話し方」「伝え方」など、ある意味で定番のタイトルになった感のある「9割」本。その大半が自己啓発の指南書である中、先週発売された『気配りが9割』(田村重信著、飛鳥新社刊)は、従来の類書とは一線を画す「永田町だからこそ生まれた、稀有な一冊」といえるでしょう。

 著者は長年にわたり自民党の職員を務め、そのキャリアは実に半世紀近く。その間に仕えた総理大臣は16人にのぼります。駆け引きや暗闘の連続で嫉妬が渦巻く「永田町ジャングル」を生き抜き、同時に数多くの人物を見てきました。政治の現場で「最後の決め手になるのは何か」、飽きさせることなく一気に読ませてくれます。

書籍で紹介される人物は、マーカー表示だけでも実に303人。意中の人物を見つけるたびに興味がそそられます。

政界に限っても、他党ながら一目置いた人物、あるいは党派を超えて評価に値する人物が数多く登場します。

永田町視点で注目した、2人の人物

数ある登場人物の中でも、私の場合はある2人に注目しました。

1人は「名物職員」として知られた岩倉具三(ともみつ)氏。明治の元勲として欧米に使節団を派遣し、わが国の近代化を一気に推し進めた岩倉具視(ともみ)のひ孫に当たる方です。農林水産業の諸問題に対して国会議員も太刀打ちできないほどの知見と抜群の調整能力を持ち、「ミスター政調会」の異名を持つほどでした。

書籍によると著者は奉職から間もないころ、岩倉氏から次のような薫陶を受けています。

「職員といえども政治家と互角にやりあわなければならない」(同書89頁)

10年前の2010年に岩倉氏が73歳の若さで亡くなられた時、著者は 自身のブログでも往時を偲び、その弟子としての矜持を明らかにしています。

少し生意気で負けん気の旺盛な新人が、器の大きい上司や先輩に恵まれることで奮起することができる。それが代々受け継がれ、やがて組織にとってのDNAやスピリットというものに昇華していく。著者自身も今や、かつての上司に負けないほどの名物職員として憲法や安全保障問題の第一人者となり、後進を育てる存在になりました。

現在の政府与党に不満を持つ方は決して少なくないと思いますが、それでも自民党が一強状態に長らくあるのは、国会議員だけの力ではない。こうしたスタッフの力量にこそあると私は見ています。自民党のみならず、数十年にわたり続いている政党にもおそらく同じことが言えるでしょう。

翻って、コロナ禍の陰で再びの合流がささやかれる立憲民主党と国民民主党はどうか。

田村氏に匹敵する政策通、あるいはバイタリティに溢れたスタッフを擁しているだろうか。あるいは育成できるだろうか、私には疑問です。第一、政治家の都合だけで離合集散を繰り返されたら、いつまでたってもスタッフ、それも生え抜きの敏腕は育ちません。

一時の合流劇で所属国会議員の数だけは嵩上げできるかも知れませんが、政策論議で戦える集団になるためには、間違いなく岩倉氏や田村氏のような存在が必要不可欠でしょう。

足腰がしっかりとした土台をこしらえるには、それ相応の年月がかかります。桃や栗では全然足りない、柿でも間に合わないかも知れない。それでも、本当に与党と正面から対峙できるだけの政党の実現を望むならば、目先にとらわれない射程を持つことが必要です。

野党の皆さんは、そうした「大事だけど、見落としがちなこと」を同書から学ぶことが出来ます。党派を超えて、ぜひ手に取っていただきたいと願います。

もう1人は、とかく批判にさらされる「あの人物」

書籍で注目したもう1人の人物は、昨年の内閣改造で初の閣僚となった小泉進次郎・環境大臣です。

同書の終章には大臣にとっておそらく初となる対談が収録されているのですが、これまでに第三者が描いてきた小泉進次郎像とは違い、飾り気のない青年政治家の素顔が垣間見えます。

初当選前から「世襲の象徴」と叩かれ続け、当選後もメディアからは常に好奇の目にさらされる。大臣に就任してからの風当たりは一層強くなり、今も「針のむしろ」が続いている。昨年逝去した 宮川典子さんの追悼記事を書いた際も、小泉大臣への風当たりは相当なものでした。

しんどい状態が続いている中での対談は、新米大臣にとってもありがたい助け舟になったことでしょう。 著者のホームページにも掲載されているツーショットからは、そうした感謝がにじみ出ます。

 
野党所属の方々がどれだけメディアやネット空間で叩かれようとも、おそらく小泉大臣ほど「常に叩かれ続けている」人物は、永田町広しと言えども少ないのではないでしょうか。

そうした「ままならぬ」状態で、どうやって己を保ちつづけるか。対談ではそうした自分との「折り合いのつけ方」も収められています。

ひとつだけ例を挙げると、どんなに叩かれてもくさらない。自分が悪く言われても、人のことは決して悪く言わない。そうした姿勢の賜物か、最近では大臣の発言や行動が評価される場面も少しずつ増えてきました。

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この書籍には「永田町で45年みてきた『うまくいっている人の習慣』」という副題が添えられています。それゆえ本稿のタイトルにはうまくいっていないと思われる「野党再生の道」と書きましたが、今の政治シーンを見ると、与野党どちらもうまくいっているとは言いがたい。

政治がうまくいかないと、国民はどんどん不幸になります。だからこそ政界に生きるすべての方、あるいは政治に関心のある方はどなたでも、ぜひとも手に取っていただきたい。そして国民のためになる政治をしていただきたい。不偏不党を掲げる財団の一員として、改めてそう思います。