米国の「戦略国際問題研究所(CSIS)」が7月23日に公表した「日本における中国の影響」なる報告書が話題になっている。二階幹事長と森雅子法相、そして今井尚哉首相補佐官を親中派と名指ししているからだ。
産経は27日、古森義久米国特派員が「米有力研究所が安倍首相側近を『対中融和派』と名指し」と報じ、ニューズウィークも30日に遠藤誉氏の「アメリカが遂に日本政界の媚中派を名指し批判─二階氏や今井氏など」との記事を載せた。
二紙の見出しは刺激的で、論調も、古森氏の「米側の日本の対中政策への認識として注視される」はまだしも、遠藤氏は「安倍政権の媚中政策によほどの危険を覚えたのだろう」、「安倍政権の路線はアメリカにとっても好ましいことではないことを示している」と厳しい。
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本当のところはどうなのか。報告書の概要は以下の構成を読むだけでもほぼ想像がつく。(以下、拙訳)
*「CSISについて」 *「謝辞」 *「目次」 *「はじめに」 *「著者について」
「目次」
1 日本に影響を与える中国の戦術
- Covid-19危機を活用する中国の試み
- 日本国内の中国孔子学院
- 日本をターゲットとした中国の情報活動
- 日本における中国のシャープパワー:買収
- 中国の「人質外交」
- 中国人学生に伸ばす触手
2 弾力性と脆弱性:日本独特の特性
- 中国との長い紛争の歴史
- 政治的均質性と無関心な大衆
- 日本の厳格に管理された民間メディア
- 日本の中国シンパ
3 対応:日本の経験からの教訓
- 日本における外国の影響に対する規制
- 日本の国際的イメージゲーム
4 結論 中国共産党の影響の否定的事例としての日本
CSISは、「超党派の非営利政策研究組織」で、その「目的は国家安全保障の将来を定義すること」だそうだ。筆者にはハドソン研究所に比べ保守色が薄い印象がある。
「謝辞」の記述はこうだ。
著者は、ツノダ・アヤノ、エリカ・ブラッハ、グレイ・ガートナー、ケン・シルバーマン及びペリー・ランデスバーグの支援に感謝する。報告書はDT Instituteが運営する情報アクセス基金(IAF)を通じ、米国務省グローバルエンゲージメントセンターによって作成された。ここに含まれる意見、結論、または推奨事項は著者の意見であり、必ずしも米国政府またはIAFの見解を表すものではない。
米国務省グローバルエンゲージメントセンターのサイトには、ミッションとビジョンが以下のように書かれている。
ミッション:米国とその同盟国、そしてパートナー国の政策、セキュリティ、または安定性を損なうかそれに影響を与えることを目的とした外国の国家及び非国家の宣伝と偽情報の取り組みを認識、理解、公開並びに対抗するための連邦政府の取り組みを指揮、主導、同期、統合、調整すること。
ビジョン:米機関の間の取り組みを先導し、米国の利益を損なうために偽情報や宣伝を使用する外国の敵の試みに積極的に対処する、データに基づいたミッションセンター。
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先に4「結論」に触れるなら、遠藤氏の言うような、米国が日本を憂慮するような状況、との報告でないことは、副題に「中国共産党の影響の否定的事例としての日本」とあるのを見ても判る。こう書いてある。
中国は日本に、文化、外交、二国間交流、国営メディアスピンなどの良性の影響活動と、強制、情報戦、買収、秘密工作などのより鋭くより悪質な活動の両方を展開する。しかし、中国の工作はほとんど効果を上げていず、政策目標のどれも達成していない。日本は一帯一路に参加していないし、沖縄も独立宣言していない。中国共産党は日本政府に協力者を得ていないし、日本は米国との同盟関係を弱めていない。日本の国民に中国は人気がない。
これで十分だが、筆者はむしろこの報告書が誰でも読める状態に置かれていることに興味がある。いったい誰に読ませたいのか。何しろ依頼主は「米国の利益を損なうために偽情報や宣伝を使用する外国の敵の試みに積極的に対処する」機関だ。
著者のDevin Stewartは、かつて大学で国際問題を教えていて、04年から10年までCSISのディレクターや非常勤フェローを務めた。彼が5名の支援を得て「日米中3ヵ国などの専門家約40人との面接調査や広範な資料(*脚注が231項ある)を基に、約2年をかけて作成した」(古森記事)。
そこで支援者2名をネットで調べた。
ツノダ・アヤノ:時事通信の記者に角田彩乃という名があり麻生派番のようだ。この人脈から選ばれた面接調査対象が40名の中に何名か含まれているのだろう。なお、脚注231項を調べると40名のうち2~3割は雑誌のインタビュー記事の引用らしい。
エリカ・ブラッハ:東京在住の大学生でネットにブログがあった。内容は杉田水脈の新潮記事に関するもので、「出産は個人の自主的な選択であり、市民が政府に課す義務ではないため、LGBTQ +の個人がどのように“非生産的(生産性がない)”かについての杉田のコメントは不正確であり、誰にとっても非常に差別的」とある。
また、「安倍首相が就任して以来、日本が世界報道の自由(2011年に11位)で67位に低下し、日本が144ヵ国中111ヵ国の男女共同参画ランキングでこれまでよりも低くランク付けされたのは当然のこと」とも書いているので、そういう考えの方と知れる。
同じ記述が「日本の厳格に管理された民間メディア」の項にある。その項には「近年、安倍政権下で政府は、その立場を支持するよう報道機関に圧力をかけて脅し、すでに制限されている報道機関のための余地をさらに狭めていると非難もされている」との記述もある。
また、例の国連特別報告者デビッド・ケイのほら話や「中国による日本当局者のエリートの捕獲または賄賂が広まっている場合、政府とマスコミとの間のこの居心地の良い関係(*記者クラブのこと)のため、マスコミはそれを報道しない可能性がある」とも書いてある。
筆者はこの記述を事実でないと思うし、それでいて「日本のNew York TimesやWall Street Journalに似た朝日や読売は、独占者の如く日本メディア界を支配しており、外国の影響を受ける余地はほとんどない」などと書いている。
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紙幅の都合で「メディア」の部分を紹介した限りだが、著者は支援者5名の書いた記事や231項目の引用を切り貼りするも、全体を整理し切れていない印象だ。しかも、親中派二階も、収賄秋元も、中国シンパ鳩山も、孔子学院も、大半は既知の公開情報で、目から鱗の新事実が見当たらない。
へーっと思ったのは、「主戦場」の出崎某を使嗾した上智大学の中野晃一が、「中国が日本をその発展への足がかりとして見て、最早それ(*影響力の行使)を必要としなくなったから」(つまり、中国が日本を抜いた)と述べた、と書いていることくらいのもの。
果たして、この程度の報告書を米国務省は真剣に読むのだろうか。中国がこれを読んで、効果が出ていないと慌てるか、中野のいうように日本を問題にしていないのか、それは判らない。が、二階や今井が読んで、カッコ悪いと思うことだけは確かだろう。