「世界美術名作百選」は東西古今のこの名品だ

4月に『世界で“初めて”「世界美術名作百選」をやってみた』という記事を書いた(2020年04月12日)。

365日でわかる世界史 世界200カ国の歴史を「読む事典」』(清談社)では、美術、建築、音楽、文学思想、映画といったさまざまな分野でのベスト100にチャレンジしてみたのだが、そこで世界美術百選というのも選定したので(ほかにオペラ50選とかも入っている)、その考えかたなどについて論じたものだったが、新刊のネタバレになるので、百選の内容の全容は上げなかった。

今回は刊行から少し時間もたったので、その百選すべての内容を駆け足で紹介したいと思う。なぜそれが選ばれたかの理由、どこの所蔵品かなどについては、この本をご覧頂ければと思う。

選定に当たってもっとも難しいのは、工芸品や工業製品などの扱いだ。とくに、イスラムなどは偶像崇拝禁止で絵画や彫刻が発達しなかったし。しかも、あまり古いものを大事にするというわけでない。西洋でも、たとえば、ロココなどの時代には実用的な家具などで素晴らしいものができたが、これも芸術作品との線の引き方が難しい。

それから中国では、絵画だって模写が非常に大事になる。王羲之の墨跡などそのものはひとつも現存せず、様々な人が模写しているものを通じてしか楽しめない。そのあたり色々な無理はあるのだが、西洋美術でないものにもできる限りの配慮をしたのがこの百選である。

1人であらゆる分野のベスト100を選ぶなど無茶なチャレンジだが、これに触発されて、いろんな百選など選んで見る人がいると良いと思う。

そういうものがあると、普通にはスポットライトを浴びないジャンルにも関心を持つ人がいるという効用もある。また、たとえば、美術史とか音楽史とかに興味がなかったひとが最低限の教養を手っ取り早く獲得するというメリットもあるだろう。

ラスコー洞窟の壁画(Wikipedia)

先史時代の最高傑作は、フランス「ラスコーの洞窟画」だろうが、彫刻では「角杯を持つ女」が上げられる。最古の文明のうちメソポタミア文明のシンボルが「ハンムラビ法典碑」で、エジプト美術では「書記の像」「ネフェルティティの胸像」「ツタンカーメンの金のマスク」が代表作だ。

古代帝国の代表であるアケメネス朝ペルシャを代表するのが「スーサのペルシャの弓兵」で、それに続いたギリシャでは、「ミロのビーナス」「アテナイのペルテノン神殿のレリーフ」「サモトラケのニケ」などが著名だ。ローマの彫刻では、「ラオコーン」「サンマルコ寺院の四頭の馬」「マルクス・アウレリウス騎馬像」あたり。

初期キリスト教美術は、東ローマ帝国の支配下でビザンツ様式として花開き、ラベンナのサンビターレ教会の「ユスティニアヌス帝と廷臣たち」が代表作。中世教会美術では「ランスの微笑みの天使」「シャルトルのカテドラルのステンドグラス」、タピスリーでは「貴婦人と一角獣」、豪華本では「ベリー公のいとも豪華なる時祷書」が代表的なところ。

ユスティニアヌス帝と重臣たち(Wikipedia)

13世紀には西洋絵画芸術の創始者というべきジオットが登場し「スクロベーニ礼拝堂の壁画」を描いた。徳島県の大塚国際美術館に立体再現されている。

中国工芸品では「毛公鼎」、「翠玉白菜」、「象牙透彫雲龍文套球」、陶磁器では宋代の「青磁無紋水仙盆」や明代の「永楽青花穿蓮龍文天球瓶」などが台北の故宮博物院の名品。近年に発掘されたものでは「兵馬俑」だ。石仏では洛陽にある「龍門毘盧遮那仏」。墨跡では王羲之の「快雪時晴帖」に、顔真卿「祭姪文稿」だ。

兵馬俑(Wikipedia)

絵画では、「洛神賦図」(東晋の顧愷之」、「清明上河図」、「富春山居図」(元朝の黄公望)、「唐宮仕女図」などが知られる。

インドではグプタ朝の「転法輪印釈迦座像」、6世紀の「アジャーンタ石窟寺院壁画」、中世のヒンドゥー美術では10世紀の「舞踏のシバ像」。

イスラムの美術は偶像崇拝の禁止から幾何学模様や植物などが主で芸術品としては扱いにくいが、中世の工芸品では「聖ルイ王の洗礼盤」、オスマン帝国で焼かれた「孔雀の大皿」、細密画ではビフザードの「果樹園」(カイロ書籍機構)あたり。

日本美術では、「百済観音」、「興福寺の阿修羅像」滋賀県の渡岸寺「十一面観音像」。絵画では、狩野永徳「洛中洛外図屏風」、長谷川等伯「松林図屏風」、尾形光琳「燕子花図」、北斎の「富嶽三十六景」。陶磁器では野々村仁清「色絵藤花茶壺」を上げておく。

富嶽三十六景(Wikipedia)

ルネサンス美術では、初期の彫刻にギベルティ「サン・ジョヴァンニ洗礼堂扉」、ドナテッロ「ガッタメーラ騎馬像」。画家では、フラ・ンジェリコ「サン・マルコ修道院の受胎告知」、ボッティチチェリ「ビーナスの誕生」、レオナルド・ダ・ビンチ「モナリザ」「最後の晩餐」。ミケランジェロは彫刻では「ダビデ」、画家としてはシスティーナ礼拝堂の「最後の審判」。それに「小椅子の聖母」のラファエロが続く。ベネチアでは、ティツィアーノ「聖愛と俗愛」、ベネローゼ「カナの饗宴」らが出た。

ビーナスの誕生(Wikipedia)

そのころブルゴーニュ公国領だったフランドルでは、油絵の技法や風景の処理に新境地が開かれ、「大法官ロランの聖母」のファン・エイク兄弟や「快楽の園」のボスが活躍し、ドイツでは「キリストの磔・イーゼンハイム祭壇画」のグリューネバルトなど。「バベルの塔」のブリューゲルはフランドルで活躍。

エル・グレコの「オリガ伯の埋葬」、ローマで活躍したベルリーニの彫刻「聖テレサの法悦」、スペインの宮廷では「侍女たち」のベラスケス、「アルカディアの牧人たち」のプーサン、「レオキッポスの娘たちの掠奪」のルーベンス。バン・ダイクの「チャールズ一世」は肖像画の名品。オランダでは、「夜警」のレンブラントや、「真珠の耳飾りの少女」のフェルメール。ロココの時代になると「シテール島への船出」のワトー、「ディアーナの水浴」のブーシェ、「読書をする少女」のフラゴナールがいた。

フランス革命以降になると、ダビッドの「ナポレオンの戴冠」、アングルの「グランド・オダリスク」、ドラクロワの「民衆を率いる自由の女神」、ジェリコーの「メディウス号の筏」、スペインのゴヤの「裸体のマハ」。イギリスではターナーが出て「戦艦テレメール号」が出た。

ナポレオンの戴冠(Wikipedia)

19世紀の後半になると、「落ち穂拾い」のミレー、「画家のアトリエ」のクールベ、「朝、ニンフの踊り」のコロー、「印象派」ではモネの「印象・日の出」、マネの「草上の昼食」(オルセー美術館)、ルノワールのは「ムーラン・ド・ラ・ギャレット」。

スーラ「グランド・ジャネット島の日曜日の午後」、セザンヌ「リンゴとオレンジ」、ゴッホの「夜のカフェテラス」、ゴーガン「タヒチの女」。

「出現」(ルーブル美術館)などのモロー、「叫び」のムンク、「接吻」のクリムトなど。彫刻では、ロダンの「考える人」、記念碑的なモニュメントも流行したが、その最高傑作が「自由の女神」(バルトルディ)だ。

現代美術ではアンリ・マティス「赤いハーモニー」、「ギターを持つ少女」のブラック、「アビニオンの娘たち」「ゲルニカ」のピカソがその初期の代表的画家。

シュルレアリズムは現実を超えた世界をえがいたもので、「明けの明星」のスペインのミロ、「記憶の固執」などのダリらが説得力が強い作品群を生み出した。

両大戦間のパリでは、エコール・ド・パリと呼ばれる個性的な芸術家達がつどっていた。シャガールはロシアの民話などをテーマに「オペラ座の天井画・花束」など。イタリアのモディリアニは「黄色いセーターを着たジャンヌ・エビュテルヌ」など。さらに新しいものは評価が定まりがたいが、アンリ・ウォーホールの「黄金のマリリン」、ジェフ・クーンズの「ラビット」あたりは評価が確立したものとなろう。