時間の問題だと思っていたが、「自然科学の学術論文総数で中国が米国を追い抜いた」、と文部科学省の科学技術・学術政策研究所の「科学技術指標2020」というレポートで報告されている。学術雑誌をトップ10だけに絞ると、わずかな差だが米国の方が優位である。しかし、このレポートは2016-2018年の論文を集計した結果であるので、現時点では中国が上回っている可能性が高い。GDPでも米中2強の争いとなっているが、中国の勢いには目を見張るものがある。
しかし、憂慮すべきことは日本の凋落だ。1996-1998年の時点では、日本は米英独に次ぐ4位で、世界に占めるシェアの6.1%を占めていた。それが、10年後の2006-2008年には中国に追い抜かれ、5位となり、シェアも4.5%に落ちた。この表を見てわかるように、1996-1998年には中国はトップ10には入っていない。それが一気にシェア6.7%で3位に成長した。
そして、2016-2018年には、日本は第9位、シェア2.5%と大凋落と言っていい低迷ぶりだ。バブルがはじけてからの日本の経済の低迷が国力の低下につながり、それが、学術論文の低迷に映し出されている。論文数の低下=科学技術力の低下だ。インドに抜かれるのも間近、あるいは、現時点ではすでに追い越されているかもしれない。
この低迷の原因は単に研究分野への投資が少ないことだけではない。やはり、国家戦略の欠如の結果なのだ。私の関連する人工知能分野や生命科学分野の遅れは誰が見ても明らかだ。医療の基盤をなすこれらの分野に加え、マテリアル分野も遅れている。IT技術の普及の遅れなどの状況は、コロナ感染で顕在化した。ワクチン開発にしても、欧米異存の様子が報道から伝わってくる。
この惨状を考慮すれば、国内で総花的な研究補助をしても、すべての分野でToo Littleとなり、10年後にはさらに低迷するのは火を見るよりも明らかだ。もうひとつ、手遅れとなっているのが人材の育成である。これから重要となってくる分野を背負っていく若手の育成が進んでいないし、人工知能やゲノムなどの分野も人が絶対的に少ない。人材は先を読んで育ててこなければならないが、それぞれの分野での利権が優先されて、やるべき手を打つことができなかったツケが来た。
繰り返しになるが、ヒトゲノム計画が始まった時に、日本の生命科学の大御所たちは、「ゲノムのような作業的分野は若手の育成を妨げる」と強硬にゲノム計画への参加に反対した。自分たちの分野から働き手が少なくことにもっともらしい大義名分をこじつけたのだ。ゲノム研究から多くの技術が生まれ、情報工学やコンピューター技術、人工知能も発展した。いまは、ゲノム・遺伝子研究から新しい免疫学やがん治療も始まりつつある。
ひとたび遅れれば、日本という国の魅力は薄れ、人材は集まらなくなる。東アジアや東南アジアからの留学生も減り、米国に留学する若手も減ってしまった。若い人たちは国内に目を向けるだけで、外を向いた思考ができなくなってきている。国の将来を語る人は減り、大半が自分の明日の研究費に汲々としている。
われわれの世代が間違ったのかもしれないが、来年の自分を心配するのではなく、20-30年後、50年後、100年後の日本を考える人材が出てきてほしいと強く願うばかりだ。そして、日本が輝きを取り戻すための国家戦略を策定してほしい。
編集部より:この記事は、医学者、中村祐輔氏のブログ「中村祐輔のこれでいいのか日本の医療」2020年8月7日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、こちらをご覧ください。