アジア太平洋交流学会会長 澁谷 司
7月23日、マイク・ポンペオ米国務長官が、カリフォルニア州ニクソン大統領記念図書館で「共産主義中国と自由世界の未来」と題する演説を行った。昨年10月、マイク・ペンス副大統領が対中政策に関する重要演説を行ったが、それに続く第2弾である。
ポンペオ長官は、中国の習近平主席を名指しで非難し、中国との対決姿勢を旗幟鮮明にしている。同長官は、まず、習主席を「主席」(President)とは呼ばずに「総書記」(General Secretary)と呼んだ。そして、「習近平『総書記』は破綻した全体主義イデオロギーの信奉者だ」と決めつけている。
同長官は、今こそ、自由主義の同盟国や有志国が立ち上がって新同盟を構築し、中国の姿勢を変えるときだと訴えた。また、米産業界に対して、中国への投資は中国共産党による人権侵害を支援することにつながると警告した。(なお、後述するように、長官は演説の中で、「米国は、我々の友人で、後に偉大な民主主義を開花させた台湾を仲間外れにした」と言及した点は見逃せない)。
このポンペイオ長官の呼び掛けに対し、「ファイブ・アイズ(Five Eyes)」(米国及び英国・カナダ・オーストラリア・ニュージーランド)も必ず同調するだろう。それに加えて、日本・インド・フランスも同調するのではないか。
ただ、ドイツが「近代的価値観」を優先して米国につくのか、経済優先で中国につくのか、現時点でははっきりしない。他方、ロシアは、中国に対し“積極的”に味方するつもりはないだろう。だが、「反米」(「反近代」)という点では同国と一致するので、中国とは連帯する公算が大きい。
実は、トランプ政権が対中強硬姿勢を取るのに反比例して、同政権による台湾重視政策が目立ち始めた。米国政府は中国共産党の「第1列島線」を逆手にとり、同線を「中国封じ込め」のラインと見なしているふしがある。そして、ワシントンはその“要”である台湾防衛強化に乗り出した。同時に、台湾の国際的地位向上を目指しているように見える。
昨年6月、米国防総省が発表した『インド太平洋戦略報告書』で、「米国は、また、シンガポール、台湾、ニュージーランド、モンゴルとのパートナーシップ拡大にも取り組んでいる」と、台湾を国家扱いしている。これは、米国がこれまで採ってきた「一つの中国(one China)」政策を転換し、台湾を事実上、独立国家として認めた事を意味するのではないか。
ところで、可能性は低いが、万が一、中国共産党が台湾へ侵攻(ミサイル攻撃あるいは、爆撃機による空爆。以下、同様)する場合、いくつかの地点が目標となるだろう。
第1に、中国軍が、(台湾が実効支配する)南沙諸島の太平島・中洲島を攻撃する。
第2に、中国軍が中国福建省にある(台湾が実効支配する)馬祖列島・金門島を攻撃する。
米国の「台湾関係法」では上記両地点ともに防衛義務がないので、中国共産党としては攻撃しやすいのではないか。また、現在の蔡英文政権にとって、両地点ともに、将来の「台湾共和国」には必要のない領土である。したがって、中国軍が両地点を侵攻しても、台湾軍が必ずしも反撃するとは限らないだろう。
第3に、中国軍が澎湖島を攻撃した場合はどうか。台湾軍は必ずや反撃を試みるに違いない。澎湖島は台湾を押さえるには、重要な拠点だからである(ちなみに、米国の「台湾関係法」では、澎湖島の防衛を謳っている)。
おそらく台湾軍は、反撃する際、中距離ミサイル(射程距離1,500km)で上海や深圳、三峡ダムを狙うだろう。同軍の誇る中距離ミサイルでは、天津(約1,500〜1600km)や北京(約1,600〜1700km)には、若干届かないからである。
第4に、中国軍が台湾本島の台北市以外の都市(台中市や高雄市等)を攻撃したとしよう。その場合、台湾軍は、澎湖島と同じリアクションを取るに違いない。
第5に、中国軍が台湾の首都、台北を目標にしたとする。その際、(1)中国落下傘部隊が総統府を制圧する奇襲攻撃、(2)台北への攻撃等、が考えられる。
前者については、長年、米陸軍精鋭部隊の「エクセレンス(Excellence)」が台湾陸軍特殊部隊と軍事演習を行って来た。そのため、中国軍の総統府への攻略は難しいだろう。また、たとえ中国軍が総統府だけを占領できたとしても、台湾には立法府や多くの放送局があり、制圧は不可能ではないか。
他方、中国軍が台北へ攻撃したとしよう。すでに米国在台協会(AIT)には、軍隊が駐屯している(人数は不明)。米軍はすぐさま中国に対し、反撃に出るに違いない。その場合、中国共産党は、米国との全面戦争を覚悟しなければならないだろう。
澁谷 司(しぶや つかさ)
1953年、東京生まれ。東京外国語大学中国語学科卒。元拓殖大学海外事情研究所教授。専門は、現代中国政治、中台関係論、東アジア国際関係論。主な著書に『戦略を持たない日本』『中国高官が祖国を捨てる日』(経済界)、『2017年から始まる!「砂上の中華帝国」大崩壊』(電波社)等。
編集部より:この記事は一般社団法人 日本戦略研究フォーラム 2020年8月7日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方は 日本戦略研究フォーラム公式サイトをご覧ください。