「ニューヨーク100万ドルの夜景」がこれから暗くなっていく理由

黒坂岳央(くろさか たけを)です。
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世界最大級の大都市、ニューヨークに大きな変化が起こっている。新型コロナの感染拡大により、ニューヨークから次々と人が消えた。人なきところに商業は成り立たず。人が消えたニューヨークから、小売店が静かに姿を消している。

ゴーストタウン化が進み、治安の悪化が続くニューヨークの夜景はこれから暗くなっていく。

「成長を続ける街」の前提が崩れた

New York Timesの記事「Retail Chains Abandon Manhattan: ‘It’s Unsustainable’」では、ニューヨークから観光客やオフィスワーカーが消えた後、今は小売店が次々と姿を消している様子を取り上げている。

さらに悪いことに、全米の他の都市の中でもニューヨークはとりわけ経済的ダメージが大きいと、同記事では説いている。

economic damage in New York has in many cases been far worse than elsewhere in the country.
(ニューヨークの経済的ダメージは、多くの国内の他地域と比べて遥かに深刻だ)

ニューヨークへのダメージが甚大である理由、それは文字通り「ケタ外れに高い賃料」に拠るところが大きい。

2020年1月時点の全米平均家賃(小売店の賃料ではないが、NYの高い地価を示す指標として用いる)は1,463ドル(RENTCafé 2020年1月全国家賃レポートより)だが、マンハッタンは平均4,210ドル、ブルックリンは2,936ドル、クイーンズ2,412ドル(amNewYorkより)と全米の他の地域と比べても飛び抜けて高いことが示されている。

それでも、ニューヨークにある小売店は、世界から多様で膨大な人を集める「圧倒的な求心力」に魅力を感じ、同市の法大とも言える高額出店コストを甘んじて受け入れてきた。たとえ高額な家賃を支払っても、人の流入の増加が続く限りにおいて、コストをペイできる算段があるからだ。コロナの脅威に襲われる直前の2019年では、ニューヨークを訪れる国内外トータルの観光客数は6,520万人(2019年1月16日付NYTより)と尋常ではない数字を叩き出していた。しかも、直近の9年間連続でこの数字は伸び続けていた。

だが、小売店が長きに渡って享受していたゴールデンタイムも、感染症の襲来により、わずか数カ月間という極めて短いスパンで消えようとしている。全米で20のレストランを出店するアーク・レストランの最高経営責任者は「85 percent plunge in revenue,(85%の減収だ)」と絶望的な減収の大きさをNYT記事内で嘆いた。ヘラルドスクエアに出店する「ヴィクトリアズ・シークレット」は休業に入った4ヶ月間は毎月93万7,000ドル(約1億円)の家賃を支払っていない状況だ。

また、最近では感染症の拡大を比較的抑えつつあるニューヨークだが、都市の特性上の問題により、米国のその他の都市に比べて小売店における経済回復の足は鈍い。同都市の店舗業績は、米国の他のエリアほど回復していないことが明らかにされている。その理由について、ウェドブッシュ・セキュリティーズのアナリスト、ニック・セテヤン氏は「マンハッタンにはそもそも通勤者が多くない。(食品の)ドライブスルー販売など代替プランが提供は、難しい」と理由の1つを分析結果として取り上げた。

ニューヨークは治安が悪化している

街から人が消えたニューヨークは、街の治安も「悪い方向」へと変わりつつある。

ニューヨークのクオモ知事は8月17日の記者会見で「ニューヨークシティの殺人件数は前年同期比で29%、銃撃件数は同79%増加した」と危機感をあらわにした。これを受けてトランプ大統領は16日にツイッターで「市長が解決できないなら、連邦政府が対応する」と述べている。ニューヨーク市警(NYPD)の発表によると、8月14日朝から16日未明にかけて32件の発砲事件と、43人の負傷が報告されている状況だ。

追い打ちをかけるように、ニューヨーク市警の予算削減が断行された。デブラシオニューヨーク市長は警察予算の6分の1にあたる10億ドル(約1000億円)の削減に踏み切った。これでは現場の警察官の士気の維持は難しくなる。予算削減を受けたことで、早期退職者は昨年同期比で49%増加した。

ニューヨークは人が消え、小売店が撤退し、治安の悪化が加速している。

ニューヨークのきらびやかな夜景はこれから暗くなる

ニューヨークの夜景(2018年撮影、Hesketh/flickr)

ニューヨークは世界最大規模の都市であり、同時に魅力的な都市であることは言うまでもない。その都市が感染症の脅威により、急速に変わりつつある。

ニューヨークが元の求心力を得るには、かなりの年月を要するのは明白だ。その間、利用客が消えた、高額な賃料という「非合理性」を長きに渡って受け入れ続けられる小売店はほとんどない。今、我々が見ているブランドショップが立ち並び、きらびやかなニューヨークという街の光景はもう見られないかもしれない。コロナ禍が完全に消えさり、街に活気が戻ってきた時と今の風景は大きく変貌することが予想されるからだ。

NHKの記事によると、我が国の100万ドルの夜景として有名な函館山の夜景が「以前より暗くなっている」という。これには新型コロナ以外の要因も存在するが、一つにはインバウンド需要が急速に落ちたことがあげられる。函館では、利用客の減ったホテルでは照明が消され、観光客を運ぶバスのヘッドライトもなくなったことで以前より夜景が暗くなった。

筆者はかつて、函館山の山頂から肉眼で見た夜景の美しさを目の当たりにし、文字通り「呼吸を忘れた体験」をした。ビルのガラス越しでない、生の夜景が網膜を埋め尽くしてから17年も月日が流れたが、未だにあの美しさは心の奥底にハッキリと残っている。

夜景は経済活動の結果としてできるものであり、一元的コントロールができない特性がある。故に今後、客足が遠のいた観光地においては、かつての夜景を二度と拝めなくなるかもしれない。我々は美しい夜景を見納める一切の機会を与えられることがなく、この悲しき状況を受け入れなくてはならない可能性がある。コロナ禍の脅威が直ちに消え去ることを切に願うばかりだ。

函館と同じ現象は、世界のあらゆる都市で起こるだろう。そしてニューヨーク名物の100万ドルの夜景が暗くなるのも、これからだ。

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ビジネスジャーナリスト
シカゴの大学へ留学し会計学を学ぶ。大学卒業後、ブルームバーグLP、セブン&アイ、コカ・コーラボトラーズジャパン勤務を経て独立。フルーツギフトのビジネスに乗り出し、「高級フルーツギフト水菓子 肥後庵」を運営。経営者や医師などエグゼクティブの顧客にも利用されている。本業の傍ら、ビジネスジャーナリストとしても情報発信中。