夕刊フジに先週から今週の月曜日にかけて、【ポスト安倍の条件】という記事を連載した。安倍首相の健康不安説もささやかれるなか、考え得る総理候補のほぼすべてを論評したこともあってよく読まれ、各種のネットメディアでも取り上げられたが、なにしろ限られたスペースだったので、アゴラでは2回に分けてより詳しい内容にして掲載したい。
「ポスト安倍」を論じるには、歴代総理の中で、2012年の再登板以降の安倍晋三首相が、どんな意味で「希有な価値」を示してきたかを分析し確認することが前提となるべきだだろう。
まず、第1に、世界外交で日本の首相がメインプレーヤーとして広く認められたのは、安倍首相が初めてである。これまででもっとも評価が高かったのは大平正芳首相かと思うが、短期間で死去したので、サミットなどでの活躍となると、中曽根康弘元首相だ。
しかし中曽根氏の場合には、ロナルド・レーガン米大統領とミッテランやコール、サッチャーら欧州首脳の橋渡し役という脇役に留まったともいえる。また、アメリカ大統領として相手としたのはレーガンという波長が合う相手だけだった。
それに対して、安倍首相は、バラク・オバマ前大統領と、ドナルド・トランプ大統領という、米国の民主、共和両党の大統領といずれも良好な関係を築いた。
日本は共和党の大統領とはうまくいくのだが、民主党の大統領とは鬼門だ。日本の首相が、民主党の大統領と緊密だったことは初めてに近い。原敬は非常にリベラルだったが、その思いはウィルソンに通じなかった。フランクリン・デラノ・ルーズベルトの日本嫌いを日本はついに克服できなかった。
第2に、6回の国政選挙で奇跡的に大勝したことだ。偽リベラル系のマスコミがいかに攻撃しても、6度もの国政選挙に勝利した首相の正統性にケチを付けようがない。
経済も成長率は高くないが、長期に渡って好況が続き、特に学生の就職状況の好転に見られるように、世代間格差の縮小に向かって、それなりの成果を上げた。これは投票に高い率で行く中高年の利益ばかりを配慮してきた過去の自民・民主いずれの政権にもなかった成果だ。
モリカケなどの“不祥事”も些事ばかりで、実際、野党の追及も中身でなく、資料を官僚が隠したとかいうことに留まる。つまりスキャンダルとしてはたいしたことないと言うことだ。
新型コロナウイルス対策は、拙著『日本人がコロナ戦争の勝者となる条件』(ワニブックス)で詳しく論じたので是非、お読みいただきたい。
余り思い切りがいいわけでないので人気は出ないが、不確定要素が多く、過去の医療行政の貧困を引きずって実務的に鮮やかな手際を発揮することが難しい中で、経済とのバランスでも極端に走らずに落ち着いた対応で上々の結果を出していると私は評価している。
最近ではお盆の帰省を一律否定しなかったなど、隠れたヒットだと思う。帰省するななどというのは、人倫に反するし、帰省したから広まるという理由などまったくない。帰省者は周りを気にするから、無謀なことなどしないのに、知事までが帰ってくるなといったのは、馬鹿げているにもほどがある。そんなこといっている知事のところで、人口減が激しく自殺が多くても驚くに値しない。
安倍首相の8年間という在任期間は長すぎるという人もいるが、再登板以来8年間は日本では最長だが、米国では2期8年が標準ではないか。
ヨーロッパでも、英国のマーガレット・サッチャー元首相や、トニー・ブレア元首相、フランスのシャルル・ド・ゴール元大統領、フランソワ・ミッテラン元大統領、ジャック・シラク元大統領、ドイツのコンラート・アデナウアー元首相、ヘルムート・コール元首相、アンゲラ・メルケル首相など10年以上の在任であった。中国も10年が標準だ。
11月の米大統領選で、トランプ氏が再選された場合はもちろん、ジョー・バイデン氏が当選したときも、アメリカの大統領に対してベテランとしてもの申し、世界秩序を維持していけるのは、安倍首相のような経験が不可欠で、日本国民は「安倍首相を交代させることが、世界に責任を果たすうえで賢明なのか」を慎重に見極める必要がある。
ただ、憲法改正発議のメドは立たず、経済・社会の根本改革も、方向は示されたが、憲法改正を優先したためか、大胆さに欠けた印象はあるのはたしかだ。
したがって、後継候補達は、そこに踏み込む道筋を示してこそ、「ポスト安倍」を狙う値打ちがある。ところが、候補者たちも覇気に欠けがちで迫力がない。
むしろ、安倍首相のような強力な政権にならないことをもってウリにしたいようですらあるがそれでは困るのだ。
石破氏では絶対にダメな理由
世論調査では、自民党の石破茂元幹事長が「ポスト安倍」として支持が高い。野党支持者では圧倒的だし、与党支持者でも相対的には首位だ。
たしかに、与党支持率が低調なら、田中角栄元首相の後を三木武夫元首相が継いだ「椎名裁定」の再現で石破氏もあり得る。
ところが、自民党の支持率は高い。安倍晋三首相への批判はモリカケ問題とか、新型コロナウイルス対策での漠然とした不満だけで政策が自死されていないとも云えない。
そこで、党内野党に徹し、選挙のときですら味方を背後から攻撃し続けた石破氏が後継者では、これまで安倍首相を支持してきた与党支持層の大半は行き場がなくなってしまい、理不尽だ。
そして、最大の懸念は、石破氏の「外交軽視」である。
石破氏は国際経験が乏しい。だから、もっと自ら外遊して海外の要人と会ったりすべきだし、彼らが集まるスイスのダボス会議などに出かけて、英語でスピーチする努力を示して欲しい。
回りくどい話しぶりも良くない。ドナルド・トランプ米大統領には、韓国の文在寅(ムン・ジェンイ)大統領と同じように嫌われ、5分で電話を切られそうなタイプで、日本の国益を守れないだろう。
最近の月刊「正論」(9月号)のインタビューで、「(米国を取るか、中国を取るか)単純な二者択一」は許されないとか、米軍普天間飛行場の移設問題で「他の解(代替案)を見つける努力をすべき」と発言していたが、それでは、民主党の鳩山由紀夫元首相と同じ轍を踏みかねない。トランプに味方とは認めてもらえそうもない。
中国の民主化を厳しく主張しつつ、習近平国家主席の「国賓」招請に賛成というなど、多分に「口だけ番長」チックだし、誤ったメッセージを中国に避ける慎重さに欠ける。
地方振興が看板だが、個別の地域が隙間狙いで田舎らしさを生かせば成功するという「里山資本主義」の信奉者らしい。それでは、いくつかの成功例はつくれても、大きな流れとしての地方衰退という流れの挽回にならないことはこれまで何十年も繰り返されてきた勘違いだ。たとえば、ときには地方の珍しい地産地消的なものを食べたりしたくなるが、そんなものはたまにでいいのだ。だらからこそ、地方創生相として期待に応えられなかった。
師であり県会議員出身だった竹下登元首相を代表とする地方政治家的な発想では、その場しのぎのカンフル剤鹿思いつかないのだ。
石破氏の父親は鳥取県知事だったから石破父子はだいたい70年間も鳥取県を支配してきた。しかし、その鳥取県は全国でも目立った過疎県のひとつであり、参議院でも合区の対象になった。それに石破氏は反対していたが、こういうことになったのが、自分の責任だとなぜ思い及ばないのか不思議である。
地方での選挙応援に熱心だから、票集めに協力する人は多いが、彼らに聞いても「ありがたい」とはいっても「素晴らしい見識」など感心されているのではない。
また、杉村太蔵元衆院議員からマクロ経済政策についての知識不足を批判されて話題になった。経済政策全般にも強そうでない。
憲法第9条については、現行憲法の解釈でも改正問題でも、安倍首相よりタカ派的といえる。自民党幹事長時代、集団的自衛権を容認した場合の自衛隊の活動範囲について、「地球の裏側でも排除はしない」という考えを披露した。つまりアメリカ軍を大西洋でも助けられるらしい。
野党や自称リベラル系マスコミは「反安倍」というので現時点では利用しているが、首相になったら彼の無原則なタカ派発想、戦争オタクぶりを容赦するはずがない。
少なくとも外交について、中国や韓国などに誤った期待を抱かせず、また、アメリカなど同盟国を不安にさせない首相しかまっぴらであるが石破氏はその点で失格だ。