種子法・種苗法の問題は、「#種苗法改正に反対します」といった芸能人を巻き込んでのハッシュタグ運動が起き、左右のイデオロギー論争のイメージが定着してしまい、本来の「種は誰のものか?」の議論はすっかり置き去りにされてしまっている感がある。
そんな中、元農林水産大臣の山田正彦氏が幹事長をつとめる「TPP交渉差止・違憲訴訟の会」が起こしていた「種子法廃止等に関する違憲訴訟」の第1回口頭弁論が8月20日、東京地裁で開かれた。裁判後に衆議院議員会館開かれた報告集会では、山田氏が全国各地の農家を訪れ取材した様子をまとめた制作中の映画も上映された。
日本国内で本筋から離れたイデオロギー論争をしているうちに、海賊版の新品種はどんどん海外に流れ、多国籍企業の市場参入を許してしまうのでは?この問題で得をする人、損をする人は誰なのだろうか。
イチゴ農家は年間1千万円の負担増?
種子法は、主要農作物であるコメや大豆、麦など、野菜を除いた種子の安定的生産及び普及を促進するため、米、大豆、麦の種子の生産について審査その他の措置を行うことを目的として1952年に制定された日本の法律。2018年4月1日から廃止された。
各都道府県に地域に合った優良品種の開発や試験などとともに、圃場を指定してそれら優良品種の原種・原原種の生産を義務付け、一般農家は優良種子を安価で購入することができた。
また、種苗法は植物の新品種の創作に対する保護を定めた日本の法律で、1998年に公布された。花や農産物などの新たな品種の創作をした者は、その新品種を登録することで、植物の新品種を育成する権利を占有することができる旨が定められている。
報告集会で上映された映画の中には、茨城県の稲作農家やイチゴ農家、鹿児島県種子島のサトウキビ農家、北海道の大豆農家などが登場する。
このイチゴ農家では、イチゴはツルから次の世代の株を増殖させるため、それが自家増殖禁止となると毎年2千万本の苗を買わなければならず、1千万円程度の負担が増える。売り上げと同等の額で、利益は全くでなくなってしまうという。また、種を自家採取する稲作農家は、種子を購入するとなると400万円の負担増と見込む。
サトウキビ農家は、同じように茎から増殖させるため、自家増殖禁止で「種子島のサトウキビ農業をかいめつさせ、サトウそのものを破壊させる」「アメリカではトウモロコシからサトウを作っている」と危機感を募らせる。
今回の違憲訴訟は、この種子法の廃止が、憲法25条の生存権を侵害するものとして訴えている。憲法25条には、「食」についての表記はないが、世界人権宣言の25条には食に対する権利が具体化されているとし、弁護団は、「食料を長期的に安定的に受け取る権利、有害な物質が含まれていない食料を得る権利は、世界人権宣言を踏まえれば憲法にも含まれていると解釈するべき」としている。
新品種の海外流出を防ぎたい
種の自家採取や苗の自家増殖が禁止されると立ち行かなる農家がある一方で、近年、日本国内で開発された新品種が、中国や韓国、オーストラリアなどで無断で栽培され、日本に逆輸入される事件も頻発し、「海賊版農産物」が大きな問題となっている。
100種類以上のブドウを栽培する岡山県の「林ぶどう研究所」では、ブドウの新品種の開発も行っている。新品種の開発・登録には10年ほど時間を要し、費用も数千万円かかる。同研究所の林慎悟さんは、「種苗法改正には賛成。そうしてもらわないと立ち行かなくなる。自家増殖をどんどんして良いということになると、どこでコストの回収をすればいいのかということになってしまう」との立場。
林さんの考えは、自身のnoteに詳しい。
ただし、多国籍企業に権利譲渡されることには反対で、「果樹は1本からかなりの収穫があるので、権利料を収穫物に乗せるという方法もあるのでは」など、新しい方法も提案している。
国も新品種の権利については、日本の農業の競争力を守るために重要として、積極的に対策に乗り出している。その反面、違憲訴訟では「(農家や消費者などが名を連ねる)原告には訴える権利がない」との反論で、訴えた側からすれば取り付く島もないといった印象だ。
農家と種苗家の立場の違いもあれば、それぞれの品種や農法の違いもある。種子法廃止や種苗法改正によって、どのような影響があるのか、どのような対策が必要なのか、細かな議論が必要だ。反対か賛成かだけの2極化した議論では、中身の議論が追い付かず、結局、新品種の海外流出や、多国籍企業の日本の種苗の市場参入を助けてしまうことになるのではないだろうか。
消費者としても、安心して食べられる美味しい食べ物がたくさん選べるほうがうれしい。そのような生産物を作ってくれる農家を守る仕組みを整えてほしい。この問題、今後も注目していきたい。