馬鹿な専門家と賢い素人

どのような事業にも専門性は不可欠だが、専門性の追求は、いつしか専門家の独断や驕りに陥る。

舌の肥えていない客には自分の料理の価値はわからない、そういう勘違いをしている料理人もいるだろうが、それは真の達人ではなくて、自称達人にすぎないのであって、価値は社会が認めてこそ価値なのだから、自称達人は何らの社会的価値も創造してはいないのである。

大学教授のなかにも、研究者としては極めて優れているのに、というよりも、極めて優れた研究者だけに、超難解な学説を滔々と講義でまくしたて、どうだ、お前らのような頭の悪い学生には到底理解できないだろう、といわぬばかりに胸を張る人もいるのだろうが、そのような先生ばかりでは、教育機関としての大学は社会的価値を生みようがない。

企業経営においても、程度の差こそあれ、事業固有の専門技術的な要素があり、また、長い事業経験のなかで培われてきた実践的な知見や、顧客等との社会的関係性もあって、それらが企業の競争上の差別優位の基礎をなしている。しかし、こうした専門性は、経営を専門馬鹿に陥らせる可能性がある。専門馬鹿の代表例は、製造業における過剰品質であろう。しかし、専門馬鹿に基づく経営のもとでは、社会的価値を創造できていない以上、最終的には経済的条件が整わなくなって、事業の継続が不可能になる。

企業固有の歴史的に形成された基盤は、社内でしか通用しない特異な文化や風土を形成することを通じて、一方では、企業固有の付加価値源泉ともなるが、他方では、社会常識に反した思考や行動を生み出してしまう可能性も否定できない。後を絶たない企業の不祥事は、固有文化が逸脱に転じたことに原因があるのだし、急速に変わりゆく経営環境に迅速に対応できず、構造改革を断行できない理由も、閉鎖的で内向的な企業風土にあるのである。

故に、外部の常識を備えた素人による監視が必要なのである。単なる素人ではなく、いわば賢人の素人、それが社外取締役なのである。

森本紀行
HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長
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