安倍晋三首相の辞任表明は欧州でもいち早く報道された。安倍首相の1時間余りの記者会見をNHKのライブ中継でフォローした。7年8カ月間と日本の首相の中で最長在職記録を樹立した安倍首相は画面からも、やはり疲れが見えた。病を抱えて日本の首相を務めることは通常では難しいことだ。安倍首相は国民への感謝を繰返し表明する一方、任期途中の辞任に対して「お詫びしたい」と語っていた。日本の総理大臣の品格を見た。病の回復に努め、元気な姿を再び見せて頂きたい。
安倍首相の辞任表明に対するドイツ語圏メディアの声を少し拾った。
先ず、オーストリア通信(APA)は28日午前10時50分に、「病気が安倍首相を辞任に追い込む」という見出しの速報記事を配信していた。首相の辞任を予想して準備されていた記事だったのだろう。安倍首相の辞任までの歩みを写真を組んで整理していた。
オーストリア代表紙プレッセは「安倍時代の終わり」というタイトルで記事を掲載した。同紙は2012年12月からの安倍首相の活動を報じ、記者会見で「自分の職務を成就できなかったことを心からお詫びします」という首相の言葉を載せていた。同時に、安倍首相の辞任ニュースを受け、日経平均株価が2%以上マイナスとなったと述べていた。首相の突然の辞任表明による経済界の反応も忘れずに報じたわけだ。
独週刊誌シュピーゲル電子版は「古い日本は新しい考えで進まなければならない」と見出しで、日本が高齢社会を迎え、景気後退、新型コロナウイルス感染問題などに直面、「それらの課題を解決できる政治家が選出されなければならない」と指摘し、「日本は政治的にも経済的にも新しい出発が必要だ」と主張していた。
安倍首相の首相としての成果については、「経済、外交、エネルギー政策で失敗した」と厳しく指摘。安部首相の後継者については、岸田文雄自民党政調会長、麻生太郎副総理、菅義偉官房長官の名前を挙げ、「(彼らには)日本の再生は期待できない」と主張する一方、新しい考えを持った政治家の出現に期待する声があることを紹介していた。
ドイツの高級紙「フランクフルター・アルゲマイネ・ツァイトゥング」(FAZ)のパトリック・ヴェルター東京特派員は、「日本は戦後最も成功した首相を失う」、「国際政治の舞台で多くの足跡を残した」と安倍首相の歩みを評価。多くのスキャンダルにもかかわらず、政権をこれまで維持できた背後には「野党のふがいなさ」があったと説明。
同特派員は安倍政権のアベノミクスを紹介する一方、公約だった構造改革では期待に応えることが出来なかったと指摘。「安倍政権は自由貿易を促進し、閉鎖的な日本社会に移民への開放を試みた」と強調。また、中国と北朝鮮の軍事的脅威に対し、国防費を増額し、軍事力を強化し、2014年には戦後初めて海外に軍の派遣を可能とする法改正を実施したと説明した。
また、スイス日刊紙「ノイエ・チュルヒャー・ツァイトゥング」は「安倍首相、健康を理由に辞任表明」として、戦後最長の政権を維持した安倍首相の成果と失敗について淡々と紹介していた。そして選挙では常に与党自民党を勝利に導いたが、「憲法改正には成功しなかった」と総括している。
ところで、1時間余りの記者会見で安倍首相の病について「首相、ご苦労様でした」と声をかけた記者は1人しかいなかったという。感謝やいたわりという言葉は政治の世界ばかりか、ジャーナリズムの社会でも死語となってきたのだろうか。国のために体に鞭打って歩んできた首相に対して、政治信条の違いがあったとしても一定の礼は欠かせられないはずだ。
驚いたのは、韓国青瓦台(大統領府)の姜珉碩(カン・ミンソク)報道官が、「安倍首相の早い快癒を願う」とコメントを報じていたことだ、韓国聯合ニュースによると、姜氏は、「日本の憲政史上、最長の首相としてさまざまな意味のある成果を残し、とりわけ、長い間、韓日両国の関係発展のため多くの役割を果たしてきた安倍首相の急な辞任発表を残念に思う」と表明。「わが政府は新しく選出される日本の首相と新しい内閣とも韓日の友好協力関係の増進のため、引き続き協力していく」と強調した。韓国大統領府報道官のコメントに接して、正直言って少し、うれしい驚きを感じた。
なお、安倍首相と共に長期政権を歩んできたドイツのメルケル首相の報道官は28日、安倍首相の辞任表明を受け、「辞任は残念だ。われわれは共によく働いた。安倍首相は常に、われわれにとって共通の価値と多国間主義を掲げてきた」という内容のツイッターを発信している(産経新聞電子版)。
当方が40年前、欧州に就任した直後、現地のメディア関係者から「日本の首相の名前は何と言ったっけ」という質問をよく受けたものだ。経済大国といっても極東アジアの首相の名前を直ぐに思い出す欧州記者は多くいなかった時代だ。短期間で首相がコロコロ変わる日本の政治事情では致し方なかった。
安倍首相が登場して事情は変わった。世界の国際会議で堂々と言動する首相の姿を見るたびに、海外居住の日本人の一人として誇らしく感じたものだ。そして誰も「日本の首相の名前は」とは訊かなくなった。「ミスター・アベ」は世界で日本の看板となっていったからだ。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2020年8月30日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。